030 電話とお誘い


 気乗りしない予定を明日に控えた、金曜の夜。

 部屋で数学の勉強をしていると、スマホが鳴った。


 俺のスマホは、イツイツからのメール以外でほとんど鳴ることはない。

 鳴ったとしても、大抵は春臣はるおみからのくだらない連絡だ。

 たぶん、今回もそれだろう。


 そう思いながらも、一応通知内容を確認する。

 メッセージが二件。

 やっぱり春臣か。


「……お?」


静樹しずきです。今日掃除をしていたら、たまたま、前に蓮見くんがIDを書いてくれていた袋を見つけまして、せっかくなので友達登録しました』


『こっちでもよろしくお願いします』


「……あぁ」


 あったな、そういえばそんなの。

 完全に忘れてた。

 というか、もう捨てたと思ってたぞ。


 まあ、静樹と連絡を取り合うこともあんまりないだろうが、連絡先を知っているに越したこともない。

 また、前の風邪の時みたいな緊急事態がないとも限らないし。


 俺は静樹のアカウントを友達登録してから、簡単に返事をしておいた。


『おう』


 さて、勉強に戻ろう。

 どうせ明日の勉強会であいつらに質問されまくるだろうから、今日のうちにできるだけ進めておかないと。


 “ピロリン”


「ん……」


 また通知か。


 たぶん、今度は静樹だろう。

 その都度返信していたら勉強も捗らないし、後で見ることにする。


 ふぅむ、二次関数の最大値と最小値か。

 ここは特に質問されそうだな……。


 “ピロリン”


 ……。


 “ピロリン”


 …………。


 “ピロリン”


 ……サイレントにするか。


 横においていたスマホを取って、消音モードに切り替える。

 それにしても、いったいなにをそんなに送ってきてるんだ。


『ところで、蓮見くんは期末テストの勉強はしていますか?』


『私はまだなにもしていなくて、少しピンチです』


『家で一人だと集中できないので、誰かと一緒に勉強できればいいんですけど』


『……ひょっとして、今勉強してますか?』


 ……はぁ。

 どいつもこいつも……。


 しかし……そうか。

 もしかすると、俺にしてはいいアイデアを思いついたかもしれないな。


 俺はそのまま、静樹のアイコンをタップした。

 『通話』ボタンを押して、電話をかける。


 いちいち文字でやり取りするより、直接話した方が早い。

 もし都合が悪いなら、無視なりなんなりするだろう。


「……」


『……も、もしもし……?』


 出たか。


「ちょっと聞きたいんだけど」


『え、な、なんでしょう……?』


「静樹って、成績悪くないよな?」


 派手ガールズに囲まれながらも、宿題や課題は欠かさないやつだ。

 真面目なぶん、勉強も苦手じゃない可能性が高い。

 そして、もしそうなら。


『え? えっと……はい、悪くはない、と思います。すごく良いわけじゃないですけど……』


「よし。なら、助けてくれ」


『た……助ける、って……どういうことですか?』


「明日と、たぶん明後日も、うちで勉強会があるんだよ。春臣と、南井みないが押しかけてくる」


 そのせいで、後で掃除もしないといけないのだが、その話は今は置いておこう。


「ただ、あの二人を俺だけで相手するのはキツい。静樹がいれば、負担を分散できるんじゃないかと思ってさ」


『……へ、へぇ~! そ、そんなのがあるんですねぇ……! 知りませんでした……あはは』


「ああ。もし都合が良ければ、静樹も来てくれ。それに、ついでにお前をあの二人に、まとめて紹介できるしな」


 いい加減、タイミングとか状況を選ぶのが面倒になってたところだ。

 一箇所に全員集めて、一気に説明するのが、一番効率がいいに違いない。


『で、でも……私が急に行っても、大丈夫でしょうか……? ほ、ほらっ! まだ私、二人ともちゃんと話したことないですし……』


「大丈夫だよ。俺の家でやる、しかも俺頼みの集まりだからな。文句は言わせないさ。それに、もしそうじゃなくても、あいつらは気にしないだろうし」


 春臣も、それからたぶん南井も、そういうタイプじゃない。

 喜びこそすれ、反対することはないだろう。


『そ、そうですか……。それじゃあ、お邪魔させていただいても……』


「おう。ありがとな。明日、昼過ぎに来てくれ。住所は後で送っとくよ」


『は、はい! わかりました!』


「もし道に迷ったら、連絡してくれれば迎えに行くから」


『ま、迷いませんよ!』


「そうか。じゃあな」


 通話を切って、今度こそスマホをベッドに投げる。

 さあ、勉強だ勉強。


「……」


 ……。


「……それにしても」


 俺はなんだか変な気分になって、椅子に座ったまま天井を見上げた。


 友達が、三人もうちに来るのか。

 というか、友達が三人もいるのか、俺には。


 べつに、友達が欲しかったわけじゃない。

 けれど、やっぱり嬉しくないとは言えなかった。


 それに……。


「……来るのか、静樹も」


 ……。


 ……とりあえず、先に掃除を済ませてしまおう。


 不思議と、俺は急にそんなことを思っていた。

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