028 詮索と念押し


 その日の夜は、静樹しずきへイツイツの配達をした。


 冷たい空気を顔に受けながら、例のマンションを目指す。

 部屋の前で俺を出迎えた静樹は、すっかり見慣れた地味モードだった。 


「ほら、親子丼セット。それから、借りてた漫画も持ってきた」


「ありがとうございます。それから、いつもご苦労様です、蓮見くん」


 うっすらと微笑む静樹の顔に、なんだか心が癒される気分になる。

 やっぱり、こうして感謝されると仕事の疲れも軽減されるってもんだ。


 ただ……なんとなく、それだけじゃないような気もした。

 だからって、具体的なことはわからないんだけれども。


「おもしろかったですか?」


「あー……まあ、うん。終わり方が悲しかったのが、ちょっとつらかったけど……」


 それ以外は本当におもしろかったということも含めて、静樹に感想を伝えておく。

 借りた漫画の感想って、場合によってはけっこう言いづらいんだということを俺は学んだ。


「そうですか……すみません」


「いや、謝るなよ。二回も読んだってことは、やっぱり楽しんでたんだと思うし」


「……ホントですか?」


「ああ。また今度、他のも貸してくれ」


「は、はいっ。わかりました!」


 しょんぼりしていた静樹の顔が、パッと笑顔に変わる。

 それに合わせて、俺も心がほっとしたような思いだった。


「……そういえば、今日のお昼に読んでたのもこれですか?」


「えっ、あ、ああ。そうだよ」


 まあ、後半はうるさいやつの襲撃もあって、ほとんど読めなかったんだが。


「……たしか、誰かと話してましたよね? 南井みないさん……ですか?」


「まあな。やたら賑やかで、ちょっと疲れたけど」


「へ、へぇ……。友達になったんですか……?」


「うーん、まあ、そうかな。いつの間にか」


「そ、そうですかっ……! えっと……なにかきっかけがあったんですか?」


 そんなことを聞いてきた静樹は、なぜだか硬い表情をしていた。

 南井との間に、なにか俺の知らない確執でもあるのだろうか。

 二人とも誰かに恨まれたりはしなさそうだし、そんなことはないと思うんだが。


「イツイツで配達したら、あいつの家だったんだよ。それで、ちょっと話した」


「えっ! お、おうちに行ったんですか……?」


「いや、配達しただけだって。静樹と同じパターンだな」


 まあ、あいつはたまたま親がいなかったから注文したってだけらしいから、もう配達することはないだろうけど。


「……それで仲良くなったんですね」


「そういうことになってるらしい」


「へ、へぇ……」


 静樹は変な顔をしていた。

 怒っているような、笑っているような、気にしているような、どうでもいいような。

 とにかく、よくわからない表情だ。


「そういえば今日あいつに、漫画は誰に借りてるんだって聞かれた」


「えっ、そうなんですか」


「ああ。あいつに話すにしても、また静樹に確認取ってからにしようかと」


 それに、あいつの方が春臣はるおみよりも、情報を広めるのが早そうだ。

 まだちゃんと人となりもわからないのもあり、判断は静樹に任せるべきだろう。


「どうする? 前も言ったけど、べつに隠すぶんには俺は」


「い、いえ! 話しましょう! 仲良いから、って言っておいてください!」


「え、お、おう……。でも、いいのか?」


「いいんです! ちゃんと言っとかないと、危ないですから……いろいろと」


 ……ふむ。

 たしかに、危ないといえば危ない……か?

 なんか、黙ってる方が安全なような気もするが。


 まあ、静樹がそう言うなら、俺はそれに従うだけだ。


「あ、でも、口止めはしておいていただけると……」


「ああ、わかってるよ。ちゃんと言っとく」


「はい……ありがとうございます。すみません、いつもいつも」


「いいよ。もう今さらだ」


 ただ、口止めしても本当に黙っててくれるかどうかまでは、さすがに責任は負えないが。


「しかし春臣とは違って、あいつとは二人きりになる機会が、なかなかなさそうだな」


「えっ……。あ、いえ、でも! べつに二人きりになんてならなくても……いいんじゃないでしょうか……なんて」


「いや、ダメだろ。誰かに聞かれたら、口止めの意味がない」


「そ、そうですけど……小声で、とか」


「リスキーだろ。まあ、そこは俺がなんとかするよ。心配するな」


「は、はい……」


 そう言いながらも、静樹はなにやら険しい表情をしていた。

 俺もまだ、静樹にはあまり信用されていないのかもしれない。

 まあ、まだ知り合ってそんなに経ってないし、こればっかりは仕方ないだろう。


「い、言っておいてくださいね……! すごく仲が良いから、って!」


「……いや、普通に友達だって言っとくよ」


「ど、どうしてですか!」


「仲の良さはそんなに重要じゃないだろ。関係さえ伝われば」


「うっ……そ、そうですけど……」


 けど、なんなんだ。


 頭に浮かんだ疑問もあまり気にしないようにして、俺は静樹のマンションを後にした。

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