027 エネルギーと視線


 週が明け、月曜日の昼休み。


 俺はいつものように、また少女漫画を読んでいた。

 今日は前に借りた、『ビスケットガール』の読み直しだ。


 結末こそつらいけれど、やっぱり名作なことに違いはない。

 ネットの情報によれば、どうやら序盤からけっこう伏線が張られているらしいので、こうして読み返してみることにしたのだ。


「……うぅん。……でもこの後、死んでしまうんだよなぁ……」


 何度読んでも悲しい。

 自分の中で作品を前向きに消化する目的もあったけれど、もしかするとただ傷口に塩を塗っているだけなのかもしれない。


 今度はもっと、明るい話を静樹しずきに選んでもらうことにしよう。


「ヤッホー!」


「……誰だお前は」


「いや、記憶力!」


 突然近づいてきた南井みないは、ビシッと手のひらを伸ばしながら叫んだ。

 シンプルかつ素早いツッコミ。

 相変わらず予想を裏切らないな、こいつは。


「なんの用だ、こんなぼっちに」


「用なんてないもん。普通に遊びに来ちゃった。暇だし」


「ほかに相手がいくらでもいるだろ」


 俺のわずかな記憶が正しければ、南井はかなり交友範囲が広い。

 クラスでも特定のグループには入らず、常にあちこちを飛び回っている印象だ。


 それがこの性格のせいだったというのはつい最近わかったことだが、それも一つの能力だろう。

 どんな相手とでもある程度親しくなれるコミュ力とエネルギーには、尊敬の念すらある。


 そしてだからこそ、わざわざ俺のところなんかへ来なくてもいいはずだ。


「いいじゃん。もう悠雅ゆうがっちーとは友達なんだし」


「……友達だったか?」


 いったいいつの間にそんなことに。

 そして、なんなんだその奇妙な呼び名は。


「友達でしょー。ショックー」


「……お前の感覚だとそうなのかもな」


 ちょっと話せばもう友達、みたいな感じで生きてそうだし。


「それに、友達かどうかにはっきりした区別なんてないしね」


「……まあ、それはたしかに」


「でしょ? 片方が友達だと思えば、相手がよっぽど嫌がらない限りは、もう友達だよねー」


 南井はなぜか得意げに頷いていた。

 口調に深刻味はないものの、言ってることはわりと筋が通ってるように思える。


 この前の夜道での一件といい、案外理屈っぽいタイプなのかもしれないな。


「あ、見て見て悠雅っちー」


「その呼び方やめろ」


「えぇー。やだ。かわいいし」


「……で、なんだよ」


 勝手なやつだ。

 それにしても、よく俺の下の名前まで知ってたな。


 南井はグイッと俺の方に顔を近づけ、周囲に聞こえないくらいの声で言った。


「ほら、クラスのみんなが変な目で見てる」


「……そうだな」


 南井の言う通り、少し前から好奇の視線を感じている。

 名前も知らない男子から、派手ガールズまで、おそらくけっこうな人数が、こっちを見ていることだろう。


 まあ、俺と南井が親しげに話しているなんて、どう考えても異様な光景だからな。

 前回は席替えのくじ引きっていう建前があったが、今日は違う。


「なんか、落ち着いてるね」


「気にしてたらキリがないからな」


「ふぅん」


 南井は意外そうに頷いていた。


 もっと言えば、春臣はるおみが来てる時だって、それなりに目立ってるからな。

 こういうのは慣れたもんだ。 


「なに読んでたの?」


「漫画」


「え、もしかして、前みたいに少女漫画?」


 南井はそう言いながら、俺の手からブックカバーに包まれた本を取った。

 べつに構わないけれど、遠慮のないやつだ。


 というか、俺がカバーなしで読んでた時、こいつも見てたのか。


「あ、『ビスケットガール』じゃん。これあたしも読んだよ」


「ほお」


 なんていう偶然だ、それは。


「おもしろいよね。えっと……」


「……ああ、俺ももう最後まで読んだから、大丈夫だぞ」


 なにかを窺うような目をしていた南井に、そう言ってやる。

 おそらく、ネタバレを危惧していたんだろう。


「よかった。おもしろいんだけど、終わり方がねぇ。あたしはあんまり好きじゃなくて」


「わかるぞ。全く同じ意見だ」


「ホント? なんか安心した。あたしが変なのかと思ってたから」


「まあ、俺たちが二人とも変なのかもしれないけどな」


 ネットの評価は軒並み高かったからなぁ。

 しかも、静樹も気に入ってそうだったし。


「でも、なんかイメージと違うねー。少女漫画とか買うんだ」


「いや、借りてるだけだよ。最近ハマってるんだ」


「へぇ。借りる友達いるんだね」


 南井にそう言われてはじめて、失敗した、と思った。

 いや、正確には、なんて答えたもんだろうか、と思った。


 静樹との関係は、結局まだ春臣にも話していない。

 ここは、一応伏せておくべきだろう。


「誰? 仙波せんばくん?」


「あいつのこと知ってるのか」


「そりゃねー。有名人だし、いろいろと」


「いろいろ、ねぇ」


 大抵は悪評だろうな。

 こればっかりは自業自得だが。


「まあ、俺にもいろんな伝手つてがあるんだよ」


「んー? なぁんか怪しいなぁ」


「怪しくないだろ、なにも」


 納得いってなさそうな南井からの詮索を避けるようにして、適当に顔をそらしておく。

 すると、偶然にもこっちを見ていたらしい静樹と、視線が重なった。

 だが、静樹は慌てたように目を泳がせて、すぐに派手ガールズの会話に戻っていった。


 なんだかおかしな反応だな、静樹のやつ。

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