026 図星とお人好し


「クラスに浮いてる子がいると、あたし気になっちゃうんだよねー」


 南井はパッと表情を変えて、こちらを見ずにそんなことを言った。


「気にするなよ」


「いやいや。気にしようとしなくても、気になるんだってば」


 やれやれと首を振りながら、南井がため息をつく。

 呆れたいのはこっちだぞ、まったく。


「だって、もう12月だよ? さすがに友達出来なさすぎ。なんでそんなことになるかなぁ」


「もともとぼっち気質で、性格が悪いからだ。言わせんなよ」


「違うじゃん。こうやってちゃんと話せるし、買い物にも付き合ってくれる。蓮見はすみくん、いい人でしょ」


「……いいから、お前は安心して自分の人生を生きろ」


「仙人キャラか!」


 勢いよくツッコんでくる南井。

 まじめに言ったのにボケ扱いされるとは、失礼なやつだ。

 しかも、なんだ仙人キャラって。

 微妙にズレてる気がするんだが。


「ところでお前、もしかしてこの話をするために、俺を買い物に連れ出したのか」


「えっ……えぇ~、そんなわけないでしょー。ど、どうして?」


 そう言いながら、南井の声は明らかに震えていた。

 目もあちこち泳いでいるところを見ると、どうやら図星らしい。


「買い物に行くなら、イツイツで飯を頼む必要がない。その時に、ついでに何か買えばいいんだから。あれは基本的に、出かけるのが面倒な人が使うもんだ」


 それに、同じものを買うならイツイツの方が若干割高になる。

 値段よりも時間と手間を惜しむ人が、イツイツの基本的なターゲットなのだ。


 ちらりと隣を見ると、南井は驚いたような、感心したような様子で目を丸くしていた。


「うわっ、たしかにそうかも。うっかりしてたなぁ」


「うっかりもそうだが、あっさりしてるな、ずいぶん」


「だって、もう誤魔化し効かないんだもん。ばれちゃあしょうがねぇ、ってやつ?」


「なるほど」


 そのいさぎよさやよし。

 ただ、だからといってこの話が終わるわけではなさそうだ。


「心配してくれるのはありがたいし、お前がいいやつなのはわかったよ。でも、俺は今のままで満足してるんだ」


「ホントにぃー?」


「ホントだよ。むしろ、無理にクラスの輪に引っ張り込まれた方がキツい」


「……ふぅん」


 思いのほか、南井の返事は大人しかった。

 なにかを考え込むように、少しだけ俯いて顎に手を当てている。


「……ねぇ、蓮見くん」


「ん?」


「……あたし、学級委員なの知ってる?」


「……知ってるけど」


 まあ正確には、昨日思い出したんだが。


「……じゃあさ……恨んでる? あたしのこと……」


「……は?」


 恨む……?

 なんでいきなり、そんな話になるんだ。


「だって……あの時あたしが立候補してなかったら、蓮見くんだってさ……」


 南井は消え入りそうな声で、そう言った。


 あの時。

 それはきっと、委員決めがあった日のことだ。

 俺がフジタの理不尽な決め方に反抗して、学級委員になりかけた、あの時。


「あたしだって、その場では良かれと思って言ったんだけどね……。でも後になって、あのまま蓮見くんに決まってた方が、よかったんじゃないかって……」


「……なんでだよ」


 そう尋ねながらも、俺には南井が考えていることがわかったような気がしていた。


「……決め方だけ否定して、自分はやらない。あたしは、それでも全然いいと思う。あのままじゃ、きっと名賀ながちゃんになっちゃってたし……そんなの、かわいそうだし」


「……それで?」


「……あの流れなら、蓮見くんが学級委員になってた方が、言い分ができたでしょ? それなら、今みたいなことにはなってなかったかもしれない……。なのに、あたしが……」


「……」


 やっぱり、そういうことか。


 つまり南井は、俺がぼっちでいるのは、自分のせいなんじゃないかと思っているということだ。

 そこまでは言わずとも、責任の一端を感じているんだろう。


 たしかにあの時、南井が手を挙げなければ、学級委員はほぼ確実に俺になっていた。

 そしてそれは、ある意味免罪符みたいなものだ。


 やり方に反論して、教室の空気を凍らせた。

 その責任を取って、面倒な仕事に就いた。

 もしそうなっていれば、あの出来事は単なる自業自得で終われたのかもしれない。


「ほかに誰も……それに蓮見くんだって、やりたくなさそうだったし。あたしは、いつまでも決まらないくらいなら、べつにやってもいいかなって思ったから……」


 南井は、いつの間にか立ち止まっていた。

 夜の道の真ん中で、バツの悪そうな顔で下を向いている。


 てっきり、もっと気楽に生きているやつかと思っていたのに。

 こいつは、南井は、なんというか。


「……お人好しだな」


「えっ……?」


「それで長い間悩んで、今こうして俺に話してるなら、お前はお人好しだよ」


「……蓮見くん?」


「わかったよ、お前の気持ちは。なら、ここでちゃんと終わらせよう。これは、俺とお前の問題だからな」


 南井は、ぽかんと小さく口を開けていた。

 いつも表情豊かだった顔が、今はすっかり固まっている。


 そうしてみると、やっぱりこいつは美少女なんだろうなと、改めて思った。


「どっちかと言えば、俺はお前に感謝してる。それに、ぼっちが嫌じゃないのだってホントだ。だから、もうなにも気にするなよ」


 南井のようないいやつが、これ以上悩む必要はない。

 俺の言葉で、こいつの心の荷が降りるなら。

 ちゃんと後腐れなく、全部消しておいた方がいいに違いない。


「……蓮見くんって」


「ん?」


「冗談抜きで、仙人みたい」


「褒めてないだろ、それ」


 南井は笑った。 

 まるで憑き物が落ちたかのように、腹に手を当てて笑った。


「じゃあ、俺はもう帰るから」


「えっ、なに言ってんの! それと買い物付き合ってもらうのはべつでしょー!」


「べつじゃない。同じだ」


「もうべつなのー!」


 南井は俺の腕を掴んで、ズンズンと力強く歩いた。


 やれやれ、これで解放されると思ったのにな。

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