020 反抗とお節介


 静樹が言う『あれ』というのは、おそらくあれのことだ。


 入学してすぐ、具体的には、クラス分けがあって二日目のホームルーム。


「今から学級委員を決める」


 担任の教師がそう言った。

 40代くらいでわりとガサツな、フジタという男性教師だ。


 あまり規則に厳しくなく、基本的に無干渉なので、今となってはわりとクラスからの評判も良い。

 ただ、強引に話を進めようとするところや、面倒なことは無理やり終わらせようとするところがあって、俺はそこがあまり好きではない。


 この時もそうだった。


 学級委員の仕事は、主にクラスの代表としての行事参加と、あとは雑用だ。

 『学級委員はキツいだけで損』なんていう噂が、なぜか早くも出回っていたこともあってか、立候補者は誰もいなかった。


「おい。誰かいないのか」


 藤田は明らかにいら立っていた。

 気持ちはわからないでもないが、当事者のこっちからすれば、だからといって自分がやる、とはなかなかならないもんだ。


 こういう場合、他薦になるのが普通なんだろう。

 けれどまだ、クラスの連中のことはお互いになにも知らない。

 この時点では特に目立つやつもいなかったせいで、誰かを指名するだけの理由もない、という感じだった。


「仕方ないな。じゃあ誰か……」


 言いながら、フジタはゆっくり教室を見回し始めた。

 途端、多くの生徒がサッと目をそらす。


 賢明なのかもしれない。

 この状況では、目が合ったというだけのきっかけすら、向こうに与えたくないのだろう。


 だが、俺を含む鈍いやつらは数人、まっすぐ前を向いてるようだった。


「……名賀なが


「えっ……」


 しばらくして、フジタは一人の名前を呼んだ。

 名賀というらしいその女子は、不安そうな顔で固まっている。


「名賀、すまんが、学級委員を頼めないか?」


「え……あの」


 教室に、安堵のため息が広がるのを感じた。


 ひとり標的になったなら、もう平気だろう。


 クラスメイトたちがそんなふうに思っているのが、手に取るようにわかる。

 フジタも、まさか断らないだろう、と思っている顔をしていた。

 名賀という女子はいかにも真面目そうで、気も弱そうに見えたからだ。


「クラスのためなんだ。どうだ?」


「……えぇ」


 もしかしたら、いや、間違いなく、俺がおかしいんだろう。

 でも俺には、このやり口も、フジタや他の全員の思惑も、どっちも気に入らなかった。


「いや、その決め方は違うと思うんですけど」


 俺の言葉は、思いのほか大きく教室中に響いた。

 クラスの連中も、フジタも、名賀も、呆気に取られた表情をしていた。


 名賀以外から反対意見が出るなんて、思ってもみなかったんだろう。

 反論すれば、今度は自分に矢印が向く。

 やりたくないのなら、なにも言わないのが得策だ。


 だから、俺と同じ考えのやつがいたとしても、自分を犠牲にしてまで異議を唱えるつもりはなかったはずだ。


「お前は……蓮見はすみか。なら、お前が代わりにやってくれるんだな?」


 ただ、俺にだってそんなつもりはない。


「嫌です」


「なっ……!」


 フジタは、信じられないという顔をした。

 それからすぐに顔をしかめて、言った。


「なら、口出しするな」


「いや、なんでですか。決め方に反対するのと、立候補するのは別だと思うんですけど」


「いつまでも決まらないから、こうしてやってくれそうなやつに頼んでるんだ!」


「やってくれそうなやつ、じゃなく、断れなさそうなやつでしょ。周りがなにも言えないからって、そのやり方は良くないんじゃないですか」


「なにぃ……?」


 フジタは、今にもキレそうになっていた。

 周りの空気が凍り付いているのを感じる。

 お前がやれよ、と思われているのだって、明らかだった。


 結局、こうなったか。

 まあ、わかり切ってたことだ。

 それでも口出しすることを選んでしまったんだから、自分が悪い。

 心からそう思うわけじゃないにしろ、場を収めるなら、そう解釈するしかなかった。


 一度、息を吸う。

 そして覚悟を決めてから、ゆっくり吐いた。


「わかりまし」


「じゃあもうあたしがやりまーす!」


 俺が答える寸前に、全然話に絡んでいなかった女子が、いきなり手を上げた。

 俺を含めた全員の視線がそちらへ向く。

 その女子は立ち上がって、「対抗馬は? いませんよねー。じゃあ、よろしくお願いしまーす」と威勢よく言い放った。


 そうして、ホームルームは無事に終了した。


 俺がやったことが正しいかどうかは知らないし、そのことにこだわりもない。

 もっと言えば、こんな出来事は俺にとって、本当に大したことじゃなかったんだ。

 なにせ、結果的には俺も名賀も、他のクラスメイトも、助かったのだから。


 ただ、納得がいかなかった。


 代役にならないなら、やり方に反対もできない。

 そんなのはおかしい。

 理屈が通ってない。


 それを誰も指摘できない空気も嫌で、その空気の犠牲になるやつがいるのも、嫌だったんだ。


 人付き合いも、やり方も下手なくせに、こういうことに首を突っ込むから、バカだっていうんだよ、俺は。

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