021 憧れと合コン
「やっぱり、あれのせい……ですよね?」
静樹はテーブルのフキンで手を拭きながら、おそるおそるという様子で言った。
「あれで、みんななんとなく蓮見くんを避けるようになってしまって……それで……」
こいつが覚えているということは、俺が思っていたよりも、クラスの連中にとってはインパクトのある出来事だったのかもしれない。
けれど。
「さあな」
「えっ……」
「もともと、友達ができない人間だからな、俺は」
そうだ。
あの一件がなくたって、きっと状況は今と大して変わらない。
あんなのは、ただのきっかけだ。
「遅かれ早かれ、たぶんこうなってたさ。中学の頃もそうだったからな」
「……そうですか」
雨は全く、止む気配を見せなかった。
それどころか、さっきよりも勢いを増している気さえする。
本当に、あと二時間で止むのか、これ。
「あのまま、学級委員になってしまってもよかったんですか……?」
「そりゃあ嫌だけど、仕方ないだろ。あの場にいたほとんどが、どうやって決めるのが公平かなんてことじゃなく、どうすれば被害を受けずにやり過ごせるかってことしか、考えてなかったんだから」
「……それは、そうですね。私も、そうでしたから……」
「でも、それでいいだろ、べつに」
「……え」
「ホントに学級委員をやりたくないなら、黙ってる方が賢いからな。俺はその気持ちより、あの
「蓮見くん……」
「まあ、だったら最初から、俺がやるって言えばよかったんだけどな。でも、あのやり方が間違ってるってことを、誰も指摘せずに終わるのだって、俺は嫌だったから」
そこで、俺は自分の肩に力が入っていたことに気がついた。
長めに息を吐いて、硬直した身体をほぐしていく。
もう終わったことなのに、どうやら熱くなってしまっていたらしい。
「……なんか、悔しいですね」
「悔しい? なんで」
「だって蓮見くん、いい人なのに……」
「それは……反応に困るよ」
実際、いい人じゃないから、こうしてぼっちになってるんだろうし。
「……蓮見くんは、どうして友達がいなくても平気なんですか?」
「いや、
俺が即答しても、静樹はやれやれというように首を振った。
「それだけでしょう? クラスでは、いつもひとりですし……」
「……べつに、平気なわけじゃないよ」
今度は、静樹は意外そうな顔をした。
さっきから、食事が全然進んでいない。
「ただ、頑張って友達作ろうとか、馴染もうって思えるほど、エネルギーがないんだ。相手に合わせたり、空気読むのもしんどいから」
「……」
「だからまぁ、完全に受け身だな。その結果、誰も近づいてこないってだけだよ」
自分から求めず、来る者は拒まず、去る者は追わない。
そうやって過ごしていたら、自然とこうなっていた。
全然気にしてないわけじゃないにしろ、俺はこれで満足だ。
それに、ちゃんと友達増えたしな、最近。
「……でも、それじゃあ
「高校受験の時の塾で、同じ教室だったんだ。あいつとは、なぜか気が合うらしい」
「それは……なんだか意外ですね。全然違うタイプに見えるのに」
「……まあ、そうだな」
違うタイプ。
そう思うのも無理はないだろう。
賑やかで人当たりのいいあいつと、ぼっちの俺とじゃあ、一見すると真逆の人間に見えるに違いない。
「でも、気を使わずに話せるのは楽だし、ものの考え方も似てるんだよ。お互いにそれを感じてるから、関係が続いてるんだと思う」
でなければ、塾を辞めた時点であいつとの繋がりは切れていただろう。
いや、もしかすると、最初から繋がることもなかったかもしれない。
「なんだか……」
「ん?」
「……なんだか、いいですね、そういうの。ちょっと、憧れちゃいます……」
「そうか? 派手ガールズみたいにテンションが合うわけでも、結束が強いわけでもないぞ」
「……気の置けない仲っていうんでしょうか? そんな感じがしますし……。それに、私は……」
そこまで言って、静樹は俯いて黙ってしまった。
言葉の意味も、この態度も、気にならないと言えば嘘になる。
いや、恥を忍んで正直に言えば、気になって仕方がない。
それは、静樹に友達だと言われたことが原因かもしれないし、一緒にいる時間が増えたことが原因かもしれない。
けれど何より、結局俺自身がお節介なのだ。
そんな理由で他人の問題に首を突っ込むのは、やはり控えるべきだろう。
「あっ……そういえば、明日でした」
ふと、静樹が急にそんなことを言った。
今のやりとりで、なにかを思い出したらしい。
「なにかあるのか、明日」
「……合コンするんです、マリコちゃんたちと」
「ほお、合コン」
それはなんともまあ、派手ガールズっぽいな。
「嫌ですぅ……」
「嫌なのかよ」
「嫌ですよ……合コンなんて」
「じゃあ、なんで行くんだ?」
「だって、友達ですし……。それに、向こうも四人だからって、みんなが……」
「また『付き合い』か? 大変だな、リア充は」
言ってから、俺は静樹の反論を予測して、グラスのお茶を飲んだ。
が、静樹はため息をつくばかりで、なにも言い返してこない。
表情から察するに、どうやらよっぽど気分が重いらしかった。
「……嫌なら行くなよ」
「……」
友人同士の付き合いってものが、そんなに大事なのか。
そう思ったけれど、そこまでは口に出さないでおいた。
なにを優先するか、そんなのは人それぞれだ。
さっきの件もそうだが、俺が口を挟むことじゃないだろう。
「……蓮見くん」
「ん」
「……蓮見くんは、私に行って欲しくないですか?」
「……いや、お前自身がどう思うかだろ」
嫌々参加する静樹を見るのは、もちろん気分がいいものじゃないが。
「……蓮見くんは、もっと少女漫画を読まないといけませんね」
「? 意味がわからん……」
充分長かったぞ、『シックスティーンラブ』。
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