019 友達と雨宿り


蓮見はすみくん、パン食べますか?」


「いや、いいよ。腹減ってないから」


 キッチンにいる静樹しずきに、リビングのソファから返事をする。

 すぐにこちらへ戻ってきた静樹は、パンの袋と二人分のお茶をテーブルに置いて、俺の隣に少し間隔を空けて座った。


「天気予報、やってますか?」


「いや。ただ、ネットによるとゲリラ豪雨っぽいな。二、三時間で止むらしい」


「そうですか、よかったです……」


 よかったのか?

 裏を返せば、二時間以上もこの状況が続くってことなんだが。


 結局、静樹は断る俺をなかば無理やり引き留めた。

 「風邪引きます」とか、「危ないです」とか。

 仕舞いには「なにかあったら私の責任ですから」なんてことまで言い出して、さすがに抵抗する気力もなくなったのだ。


 看病の時にも思ったが、静樹は意外と強情だ。

 派手モードの時はともかく、こっちの姿の時は、もっと控えめな印象だったのだが。


「……やっぱり、どっかの屋根で雨宿りするよ。居座ったら悪いしな」


 それにさっきの出来事のせいで、なんとなく落ち着かないし。


「だ、ダメです! 外は寒いですし、それで風邪引いたらどうするんですかっ」


「引かないって……」


「ダメ! です!」


 静樹は怒ったようにそう言って、袋から出したバタースコッチを頬張った。

 まったく、用心深いというか心配性というか。


 俺は観念して、もう余計なことは考えずに過ごすことにした。

 ぼんやりと、テレビのバラエティ番組を眺める。


 ……ああ、そういえば、いい機会だな。


「ところで、静樹」


「えっ……な、なんですか?」


 俺の呼びかけに、静樹は不自然なほど強張った顔をした。


「ど……どうした?」


「あ……いえ! なんでもないですっ。それより、蓮見くんこそどうしたんですか?」


 なんでもないのかよ……。

 状況が状況だけに、変に緊張するからやめてくれよ……。


「……いや、ちょっと相談があってな」


「そ、相談……?」


「今日、春臣はるおみに会ったろ」


「えっ……あ、はい。放課後ですよね」


「おう。それであの後、あいつに聞かれたんだよ。静樹とどういう関係なんだ、って」


「えっ! ど、どういう関係って……それは……えっと」


「落ち着け……。そういうことじゃなくて、話すような間柄なのか、って話だよ」


「あっ……そ、そうですか」


 はぁ……なんなんだこの空気は。

 それもこれも、全部さっきの雷のせいだぞ……。


「静樹が家と学校で……まあ、なんだ。雰囲気が違うってことは、秘密にした方がいいんだろ?」


「……はい。すみません……」


「いや、そのことはいいんだ。ただ、多少話す仲だってことくらいは、バラしてもいいんじゃないかと思ってさ。もちろん、静樹次第だけど」


 なにかあるたびに、あいつに詮索されるのは面倒だしな。


「た、多少話す仲……」


 静樹はなにやら暗い顔をして、少しの間黙っていた。

 やっぱり、俺との関係だけでも、誰かに知られるのは嫌ということだろうか。


仙波せんばくん……でしたっけ?」


「え? あ、ああ。そうだよ。仙波春臣」


「……口が堅い人、ですか?」


「……あー」


 静樹の問いかけで、俺はあいつとの今までのやりとりを思い出した。


 春臣は……まあ。


「堅くないかもなぁ」


「堅くないんですか!?」


 大袈裟にのけぞるジェスチャーをする静樹。

 意外とリアクションがいいな、こいつ。


「いや、どうかな。正直、秘密なんて話したことないから、知らん」


「そ、そんなぁ……」


「……でも、迂闊うかつなやつじゃない。それに、薄情なやつでもない。事情を話して頼めば、黙っててくれる、と思う」


「お、思うんですね……」


 静樹は綺麗な顔で苦笑いしていた。

 だが、俺の春臣への印象は、まさにそんな感じなのだ。

 静樹を安心させたいからと言って、嘘をつくわけにもいかないだろう。


「まあ、それも踏まえて決めてくれ。べつに隠したければ、それでもいいよ。俺が誤魔化し続ければ済む話だから」


「……そうですか」


 静樹は迷っているようだった。

 腕を組み、うんうんと唸って首を捻っている。

 まあ、慎重になるのも当然だろう。


「……わかりました。仙波くんに、話してください」


「いいのか? 無理しなくても、俺のことなら」


「いえ。蓮見くんの友達ですから……信じます。それに、蓮見くんが友達と気まずくなってしまうのは、嫌ですから……」


「……そうか」


 静樹は柔らかい表情で、ニッコリと笑った。

 律儀なのは今さらだが、あまりにもかわいい。


 俺はできるだけ静樹の方を見ないように、そっぽを向いてから言った。


「じゃあ、次の機会にでも話しとくよ」


「はい。友達だって言っておいてくださいね」


「友達?」


 結局友達なのか、俺たちは。


「と、友達ですよ! どう見ても!」


「……そっか」


 まあ、静樹が言うならやっぱりそうなのかもしれない。

 派手ガールズの静樹と俺が友達、というと、かなり違和感があるけれど。


「ふふっ。じゃあ、私が蓮見くんの友達2号ですね」


「だな。俺は静樹の友達500号くらいか?」


「そ、そんなにいませんよ!」


「いないのか」


 わりと真面目に言ったのに。


「……あの、蓮見くん」


「ん?」


 静樹はいつの間にか、妙に真剣な表情になってこちらを見ていた。

 テレビの音も雨音も、なぜだかすぅっと聞こえなくなっていった。


「蓮見くんに友達がいないのは……やっぱり、あれが原因ですか?」

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