018 誤魔化しとにわか雨


「おい悠雅ゆうがぁ。なんだったんだよあれはー」


 静樹しずきがいなくなった教室で、春臣はるおみはなんとも嬉しそうな顔で肩を組んできた。

 やかましい、暑苦しい、うっとうしい。

 こいつの悪いところオールスターが勢揃いだ。


「なんで静樹さんと仲良くなってるんだよぉ」


「仲良くない。ちょっといろいろあって、多少話すようになっただけだよ」


 一応まだ、静樹との関係は隠しておくべきだろう。

 打ち明けるにしても、あいつに確認を取った後の方がいい。

 今は適当に誤魔化すのが無難だ。

 まあ、相手が春臣だってのが、ちょっと厄介ではあるけれど。


「悠雅がそう簡単に、誰かと友達になるわけないじゃん」


「……そんなことないだろ、べつに」


 くそっ……。

 一発目からぐうの音も出ない正論だ。

 やっぱりこいつは、なんだかんだ俺のことがよくわかっているらしい。


「隠すことないだろぉ。お前が静樹さんといい感じになったって、俺は気にしないって」


「違う。相手はあの静樹だぞ。少なくとも、お前が想像してるようなことはないよ」


「ふぅん。少なくとも、ねぇ」


 春臣は依然として、いやなニヤケ顔をやめなかった。

 ペースに飲まれるな、俺。

 こいつの好奇心は理解できる。

 ただ、こっちにも事情があるんだ。


「気が向いたら、もう少し詳しく話すさ。だから今は、詮索はやめろ」


「……ま、いいや。そういうことなら、お前に友達ができたってことを、純粋に喜んどくよ」


「お前は俺のなんなんだよ」


「親友だろうが」


 親友……ね。


 まあ、それについては否定する気もない。


「ところで、さっきの静樹さん、なんか敬語じゃなかったか?」


「……いや、気のせいじゃないか」


「気のせいか? たしかに敬語で話してたように聞こえたけど」


 春臣は腕を組み、不思議そうに首を傾げていた。


 やっぱり聞いてたか……。

 なにかと油断ならないやつだな、こいつは。


「まあいいや。じゃあ、俺のことも紹介しといてくれ。お近づきになりたいから」


「はぁ?」


「いいだろー。親友の友達は友達じゃん」


「俺はお前の友達と仲良くなりたいとは思わないけどな」


「それは悠雅がぼっち気質なだけだろー。俺は違うの」


 春臣は心底愉快そうに笑う。

 が、俺の知る限りでは、こいつもそんなに友達は多くないはずだ。

 たしかに社交的ではあるが、誰とでも深く関わるやつじゃない。


 こいつが仲良くなりたがるのは、自分と感覚が合う相手と、美少女だけなのだ。



   ◆ ◆ ◆



『はい』


「俺だ。蓮見」


『あっ! はい、開けますね』


 “ガチャリ”と音がして、オートロックの鍵が開く。

 そのままエレベーターに乗って、俺は静樹の部屋を目指した。


「わざわざありがとうございます。配達もないのに……」


 ドアから顔を出した静樹は、申し訳なさそうに眉を下げた表情で言った。

 当然ながら、地味モードだ。

 さっき学校で派手な静樹と話したせいか、さすがにちょっと違和感がある。


「あれ? 今日も配達の箱を背負ってるんですか? 私はもう、ほかの人に配達してもらいましたよ?」


「ああ、こっちも別件だよ。配達のついでに、漫画も持ってきた」


「あ、そういうことですね」


 せっかく外出するなら、用件は複数あったほうがいいからな。


 静樹は、もはや当たり前というような様子で、俺を部屋に上げた。

 なんとも複雑な気分だが、必要以上に身構えるのもそれはそれでよくない。


 俺は意識的に平常心を保ちながら、もう三度目になるリビングにイツイツの箱を下ろした。


「どうなるんでしょうね、二年生編!」


「マジで気になるな。友人ポジションの二人の恋愛もそうだけど、部活に新入生も入るだろ」


「そうですね! 噂では、新しい一年生がかなり重要キャラみたいです」


「おお、またメインキャラが増えるのか」


 静樹と『シックスティーンラブ』の話をしながら、箱から出した漫画を本棚に戻していく。

 こうして並べてみると、やっぱりかなりの巻数だ。

 本当によく読んだな、俺。


「これでよし、と」


「ありがとうございます、蓮見くん」


「いいって。借りてたの俺だからな」


 さて、と。


 俺はまたイツイツの箱を背負って立ち上がった。

 来る時と違って、すっかり軽い。


「……もう帰るんですか?」


「え? ああ。やることも済んだしな」


 それに、さっきから空模様も怪しい。

 傘も持ってないし、なにより自転車なので、降られる前に退散しよう。


 “ドゴォォォォン”


「きゃっ!」


「うおっ」


 突然稲光がして、すぐに轟音が響いた。

 二人で揃って窓の外を見ると、いつのまにか雨が降り始めていた。


 これは……。


「遅かったか……」


 雨は見る見る勢いを増し、すぐに土砂降りになった。

 暗い住宅街で、大きな無数の雫がはじけている。

 不思議なもので、こうして意識して初めて、雨音や気温の低下をはっきりと感じるようになった。


 ……ところで。


「……いつまでくっついてるんだ」


「えっ? ……ふゎっ! すみません!」


 最初の雷が鳴って以来、ずっと俺にしがみついていた静樹が、サッと飛び退くように離れた。


 顔を真っ赤にして、気まずそうに視線をそらしている。

 その様子を見ていると、なんだか俺も恥ずかしくなってしまった。


 いや、静樹みたいな美少女に抱きつかれて、平静でいろっていう方が無理な話だ。

 俺は悪くない、悪くないぞ、うん。


「……蓮見くん、傘は?」


「……ないな。まあ、この降り方なら傘があっても濡れるだろ。もう諦めたよ」


「そ、そんな……」


 静樹は一転して不安そうな顔になった。

 気にかけてくれるのはありがたいけれど、所詮は雨だ。

 帰ってすぐに風呂に入れば、どうってことないだろう。


「じゃあ、ありがとな」


「あっ……待って」


「ん?」


 いつの間にか、静樹が俺の服の裾を掴んでいた。

 俯き気味で、少しだけ顔をそらして、けれど目線はこちらに向けて、言った。


「……もう少しだけ、いませんか?」


 俺は、静樹を看病したときのことを、ぼんやりと思い出していた。

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