017 日直と乱入者


 6限が終わり、終業のチャイムが鳴る。

 クラスの連中は小グループに分かれて、それぞれ楽しげに話しながら、教室を出て行った。

 言うまでもなく、俺のもとには誰ひとりとして、集まっては来ないけれど。


 だがそもそも、今日の俺には仕事があった。

 そう言うと大袈裟だが、まあ、やらなければいけないという意味では、やっぱり仕事だろう。


 教室の前方にある黒板を、黒板消しで消していく。

 それが終われば教室の掃除をして、学級日誌なるものを書かなければならない。

 要するに、日直だ。


「……ごほっ」


 黒板消しについたチョークの粉が舞い、思わず咳き込んでしまう。

 この際、全部ホワイトボードにしてくれないもんか。

 チョークと黒板は環境にいいのかもしれないが、手入れにけっこう手間がかかるし。


 ……あれ。

 そういえば、日直って毎日二人だったような気がする。

 もうひとりは、たしか。


「は、蓮見はすみくん!」


「ん?」


 不意に名前を呼ばれて、俺は声のした方を向いた。

 入り口のドアに、肩で息をした静樹しずき水織みおりが立っている。

 気がつけば、教室にはすでに、他には誰もいなくなっていた。


「ご、ごめんね! 日直だったのすっかり忘れてた……!」


 そう、たしか相方は静樹だった。

 思えば、学校で話すのはこれが二回目だろうか。


「おう。よく思い出したな」


「い、いじわるっ!」


「バツとして、黒板消しクリーナーよろしく」


「えぇっ……わかったよぉ」


 うるさいし、煙たいから嫌いなんだよな、クリーナーかけるの。


 ところで、今の静樹は言うまでもなく、学校用の派手モードだった。

 口調も敬語じゃないのは、誰かが教室に戻って来た時のための対策だろうか。


 配達の時の地味モードももちろん美少女なのだが、こっちの静樹には抜群の華やかさがある。

 正直、黒板消しクリーナーが全く似合ってない。


 自分で任せておきながら、ちょっと申し訳なくなるな。


「いや、やっぱりいい。掃除は俺がやるから、日誌の方を頼むよ」


「えっ……いいの?」


「ああ。日誌とか苦手だからな、俺」


「ふふっ。たしかに、苦手そうだね」


「おい。そこは否定しろよ」


「否定できませーん」


 静樹はクスクス笑いながら、適当な机に座って日誌を書き始めた。


 口調もそうだが、やっぱり配達で話す時の敬語静樹とはキャラが違うようだ。

 場所や状況、相手によって振る舞いを変えるというのは……俺の想像に過ぎないけれど、かなり疲れそうだな。


「……こうして学校で話してるの、なんか不思議だね」


「ん? ああ、まあそうだな」


「誰かに見られたら、びっくりされちゃうかな?」


「だろうな。なにせ、接点ゼロだと思われてるだろうし」


 事実、学校では全然関わらないからな。


 黒板の掃除が終わり、俺はロッカーからほうきとちり取りを出した。

 あとは床を掃いて、静樹が日誌を完成させてくれれば、仕事は終わりだ。


「今日は、派手ガールズとの予定はないのか?」


「あっ、またその呼び方してるー!」


 言って、静樹は頬を膨らませた。

 もうすっかり呼び慣れてるから、見逃して欲しいところだ。

 それに、メンバーの名前までは覚えてないんだよ。


「もう……。みんなはケーキ食べに行ってるみたい。私は日直だからって断っちゃった」


「さすが、リア充は毎日元気だな」


「ホントだよねぇ」


 静樹は、少し意外な反応をした。

 てっきり、また怒られるかと思ったが。


「あ、そうだ。漫画、読み終わった?」


「あ、ああ。ちょうど今日の昼休みにな」


「そうだったんだ! 読んでたもんね、今日も」


「おう。静樹がくれたカバーも、いい感じだった」


「ホント! よかったぁ……」


 もらったブックカバーは、たしかに『シックスティーンラブ』の単行本にぴったりのサイズだった。

 それから、ちゃんとクラスメイトたちの視線も減っていたと思う。

 手触りも良いし、落ち着いたデザインも気に入っているので、かなりありがたかった。


「どうだった?」


「めちゃくちゃおもしろかった。全然失速しないな」


「そうですよね! いいところで終わってるせいで、続きが気になっちゃいますっ」


 おいおい、敬語に戻ってるぞ。


 ひょっとするとテンションが上がって、素が出てるのかもしれないな。


「だな。来月発売だっけか」


「はい! また買ったら、貸してあげますね!」


「頼むよ、マジで」


 ありがたい限りだ。

 もはや自分で買い揃えてもいいレベルだが、借りられるならそれに越したことはない。


「ところで、どうやって返せばいい?」


「あ、そうですね……。いつでもいいですけど、どうしましょうか」


「家まで持って行っていいなら、今日にでも行けるけど」


「え、持ってきてくれるんですか?」


「ああ。借りてるのは俺だし、外には出たくないんだろ? それに、けっこう重いからな」


「……ありがとうございます。それじゃあ、今日の夜でも」


悠雅ゆうがー! いるかー?」


 その時、突然教室に呑気そうな声が響いた。

 見なくてもわかる。

 これは、間違いなく。


「あっ……えっと……」


「えっ! ぼっちの悠雅が、あの静樹さんと楽しげに、お喋りしているっ!」


 俺と静樹を指差して、仙波せんば春臣はるおみはなぜかニンマリと笑っていた。


 わざとらしい驚き方するな、うっとうしい。

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