016 ブックカバーと理由
「はい、
「え……」
いつものように料理を配達した俺に、今日も地味モードだった
わりとしっかりした素材感の黄色い布に、青い花と葉っぱの刺繍が入っている。
二つ折りにされていて、B5ノートくらいの大きさだ。
「……なんだこれ」
「ブックカバーです」
「ほお」
なるほど、言われてみれば確かに、本を挟めそうな構造になっている。
しかし、どうしてこんなものを俺に?
「コミックサイズで作りました。受け取ってください」
「え、いいのか、もらって」
「はい。風邪の時のお礼です。漫画を貸すのだけじゃ、やっぱり足りませんから」
「いや、気にしなくていいって言ったろ……」
相変わらず義理堅いやつだ。
しかも、「作りました」ってことは、手作りなんじゃないだろうか。
「これで、教室でも気にせず読めますねっ」
「まあ、それはたしかに」
静樹は得意げだった。
といっても、もともと俺は気にしてなかったんだけども。
せっかく作ってくれたなら、受け取らないのはさすがに申し訳ない。
そう思って、俺はそのブックカバーを大事にカバンに入れた。
「ありがとな、静樹」
「いいえ。こちらこそです」
ニッコリと、本当に嬉しそうに笑う静樹。
その笑顔に、不覚にもドキッとしてしまう。
きっとこの美少女は、こうして幾多の男たちを斬り伏せてきたんだろうな……。
「何巻まで進んだんですか? 『シックスティーンラブ』」
「今27巻かな。もうすぐ終わりだ」
「えっ! もうそんなところなんですか!? 早いですね……!」
「止まらないんだよ、おもしろくて」
「え、えへへ……そうですか。読み終わったら、またお話ししましょうね」
「そうだな」
静樹のテンションは高かった。
手にパンの入った袋を持ったまま、興奮したように身体を揺らしている。
いつのまにか、まるで友達みたいな関係になってしまったもんだ。
俺みたいなぼっちとこんなリア充が、まさかこんなところで接点を持つなんて。
まあしかし、学校では依然として、全く話したりはしないんだけれど。
「あの、蓮見くん」
「ん?」
「蓮見くんは、どうしてイツイツのバイトをしてるんですか?」
静樹は少し落ち着いた口調で、そんなことを聞いてきた。
妙なことに興味を持つやつだ。
ただまあ、べつに隠すようなことでもないだろう。
「楽なんだよ、いろいろと」
「楽、ですか? 自転車漕ぐの、大変そうですけど……」
「いや、そういうことじゃないんだ。イツイツには、職場がないだろ。それが、俺の性に合ってるんだよ」
俺の言葉に、静樹は不思議そうな表情で首を傾げた。
まあ、言葉で聞いただけじゃあ、イメージしにくいのかもしれないな。
「職場がないってことは、人間関係もないってことだ。それに物を運んで渡すだけだから、先輩や後輩、客とほとんど関わらなくていいんだよ」
事実、俺は高校に上がった頃、いくつかのバイトを転々としていた。
始めては辞め、始めては辞め、どれも続かない。
理由はいたってシンプルで、マイペースで空気の読めない俺が、職場に馴染めないせいだった。
なんか、自分で言ってて悲しくなってきたな。
「働くのはいいんだ。わりと好きだし。でも、無理に集団に打ち解けるのは疲れるからさ」
「……蓮見くん」
「それに、雨の日とか気が乗らない時は、働かなくていいしな。やった分だけ稼げるってのは、わかりやすくていいもんだよ」
「……そうですか」
静樹は何となく、物悲しげな顔で笑った。
なんだか、おかしな罪悪感がある。
「そういえば、静樹はバイトしてなさそうだけど、部活も入ってないのか?」
「えっ? あ、はい。帰宅部です」
「そうか。まあ、派手ガールズはみんな、帰宅部のイメージだな」
放課後にどこに行く、とか、なにをするとかっていう会話が、よく聞こえてくるし。
「は、派手ガールズ? って……なんですか?」
「あっ」
おっと、口が滑った。
「あー! そんなふうに呼んでたんですか! 私たちのこと!」
「いや、まあ、親しみを込めてな」
「蓮見くーん!」
静樹は怒ったように腕を振った。
的を射たネーミングだと思うが、やっぱり気に入らなかったようだ。
静樹の前で言うつもりじゃなかったんだけどな。
「じ、じゃあ、そろそろ行くよ」
「えっ、あ……はい。そうですね……」
「……どうした?」
「い、いえ! なんでもないです!」
静樹は一瞬だけ暗い顔をしてから、またすぐに笑顔を作った。
なんだ、静樹のやつ。
なにかまだ、用があったのだろうか。
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