015 お叱りとお喋り


「もうっ。どうして教室で読むんですか!」


 イツイツで注文されたパスタを届けた俺に、静樹しずきは真っ先にそんなことを言った。


「なにが?」


「漫画ですよ! すっごく気まずかったんですからね!」


 なんだかすっかり慣れたような気がする地味モードで、静樹は頬を膨らませる。

 長い前髪の奥で、大きな両眼がジトっと細まっていた。


 それにしても、やっぱりその話か。


「なんで静樹が気まずいんだよ。べつに、あれで俺との接点がバレたりしないだろ」


「そういう問題じゃありません! あれじゃあ変に注目されて、見てる私が恥ずかしいんですからね!」


「静樹は感受性豊かだな」


蓮見はすみくんが鈍いだけですっ! ちょっとは周りの目も気にしてくださいっ」


 静樹は腰に手を当てて、なぜか子供を叱るような口調で言った。

 ピアス同様、節度さえ守れば漫画の持ち込みだって禁止されてないんだから、問題ないと思うが。


「ユカちゃんもマリコちゃんも、すごく見てましたよ?」


「べつに気にしないぞ、俺は」


「……はぁ。まったくもう、蓮見くんは……」


 そう言って、呆れたように首を振る静樹。

 なにやら不本意だが、漫画は静樹に借りているものなのも事実。

 次からは、学校では読むのを控えたほうがいいかもしれないな。


「……でも、昼休みにも読むなんて、そんなに気になるんですか?」


「うん。マジでおもしろい」


 俺が答えると、静樹は途端に満更まんざらでもなさそうな顔をした。

 静樹の一番のおすすめらしいので、してやったりという感じなのかもしれない。


「今日は、たしか15巻を読んでましたよね?」


「ああ。帰ってから18まで進んだ」


「あっ。そこって、ちょうど冬の大会が始まるところじゃないですか?」


「そうそう。俺はテニス部分も好きだから、めちゃくちゃ楽しみだ」


「私、テニスのルールってその漫画で知ったんです。それまでは、ただボールを打ち合ってるだけだと思ってました」


「なんか、テニスやりたくなるよな」


「そうそう、そうなんですっ」


 静樹は嬉しそうだった。

 パスタの袋を手に持ったまま、やはり学校とはどこか違った表情で、クスクス笑っている。


 そういえば、配達完了報告を忘れていた。

 知らない間に、俺も話に夢中になってしまっていたらしい。


「あっ。すみません、たくさん喋ってしまって……」


「いや、いいよ。俺の方こそ、つい」


「いつも、立ったまま話してしまいますね……。蓮見くん、配達で疲れてるのに……」


 相変わらず、細かいことを気にするやつだ。

 でも、こうして気遣ってくれるのは素直に嬉しい。

 まあ、それだけ良いやつなんだろう、静樹は。


「こっちこそ悪いな。次からはさっさと引き上げるよ」


「えっ……は、はい。そうですね……」


 静樹は妙に残念そうにしょんぼりしていた。

 よっぽど漫画の話がしたいらしい。

 同じ趣味の友達もいなさそうだから、そのせいかもしれないな。


「まあ静樹がいいなら、ちょっとくらい話すか」


「ホントですかっ! あっ……えっと……」


 静樹は頬をほんのりと赤くして、焦ったように目を泳がせていた。

 あの漫画が好きなのはよくわかったから、そんなにうろたえなくても。


「……あ、そういえば」


 ふと、俺は静樹を看病した時のことを思い出した。

 あの時、連絡先を書いたビニール袋。

 あれはどうなったんだろうか。


「……どうしたんですか?」


「……」


 ……まあ、いいか。

 結局助けもいらなかったみたいだし、たぶん捨てたんだろう。


「いや、なんでもないよ」


「えっ……そ、そうですか?」


「ああ。それじゃあな」


 言って、背負っている箱をぶつけないように注意しながら、俺は静樹に背を向けた。


「蓮見くんっ……」


「ん?」


「……またね、です」


「……おう。またな」


 また、学校で。

 また、ここで。


 静樹はいったい、どっちの意味で言ったのだろうか。


 そんなことをぼんやり考えながら、俺は自転車を漕いだ。


 冷えた空気が火照った顔にぶつかって、気持ちがいい。

 知らない間に、もう11月も終わりそうだった。

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