014 口パクと注目


 連休が明け、火曜日。


 朝の教室には、すっかり回復したらしい静樹しずきの姿があった。

 多少は気になっていたが、どうやらもう大丈夫なようだ。


 自分の席について荷物を整理していると、少し離れたところにいた静樹と目が合った。


「……」


 静樹はニコリと短く笑うと、こちらに向かって口パクでなにか言ってきた。

 「お、あ、お、う」……?

 ああ、「おはよう」か。


 とりあえず、俺も一度だけ頷いて返しておく。

 周りに知られたくないなら、わざわざ挨拶なんてしなくてもいいのに。


 静樹はその後、すぐにいつもの派手ガールズたちに囲まれた。

 普段通りの喧騒が教室に満ちる。


 どうやら静樹は、学校で俺に話しかけてきたりするつもりはないらしい。


 まあ学校の連中にしてみれば、俺と静樹に接点なんて一切ないのだから、それが無難だろう。

 家での地味モードを秘密にしたい静樹にとっては、俺との繋がりは隠しておくに越したことはない


 それでもこっそり挨拶なんてしてくるところは、さすが律儀な静樹という感じだけれど。


「みおりん見てー! 私ピアス開けたー!」


「えっ!? そ、そうなんだ! ……すごいね! かわいいー!」


「うわ、ユカ不良じゃん」


「違うしー! 今どきピアスくらい普通でしょ! ね、みおりん!」


「そ、そうだね……っ!」


 今日も今日とて、派手ガールズは盛り上がっている。

 が、なんとなく静樹の笑顔が、いつもより随分固いような気がした。


 ちなみに、うちの高校では校則でピアスが禁止されていない。

 まあとはいえ、耳に穴が開いている生徒はほとんどいないけども。


 そのうちに始業のチャイムが鳴り、全員がそそくさと席につく。

 こういうところや、ピアスがオッケーなところなんかは、さすが進学校って感じだな。



   ◆ ◆ ◆



 昼休み、購買で買ってきたパンをかじりながら、俺は教室で静樹に借りた漫画を読むことにした。


 『シックスティーンラブ』は、もう半分くらいまで読み進んでいる。

 今読んでいるのは15巻で、それもこの時間で読み終わってしまえそうだ。


 それにしても、この漫画はホントにおもしろい。

 テニスの話はもちろんのこと、最近ではサブキャラの恋愛事情からも目が離せなくなっている。


 そして何より、主人公と相手の男キャラが良い。

 言動にも納得できるものが多いし、何より二人とも、つい応援したくなるように描かれている。

 それに俺みたいなぼっちにとって、こういう眩しい青春は心に響くのだ。


「えっ、ちょちょ、見てよマリコ」


「なによ?」


 少年漫画はそれなりに読んできたけれど、少女漫画もちゃんとおもしろいんだなぁ。

 やっぱりなにごとも、食わず嫌いはよくないらしい。


 昨日も家にこもって、けっこうな時間読み耽っていた。 

 挙句、続きが気になってこうして学校でも読んでしまっている。


「あれ。蓮見はすみ? だっけ。少女漫画読んでない?」


「え? ……うわ、ホントね」


 しかも調べたところによると、この作品はまだ完結していないらしかった。

 今刊行されているのが32巻というだけで、三ヶ月に一回くらい新刊が出ているようだ。


 つまり、最後まで読んでもまだ終わらない。

 嬉しいような、悲しいような、なんだか複雑な気分だった。


「組み合わせ謎すぎ」


「ね。いつも一人で無口だし、なんか意外」


 ……どうやら、派手ガールズに目をつけられたらしい。


 まあ、どうでもいいか。

 本人に聞こえる音量で話すのはさすがの図太さと言えるが、邪魔さえされなければ気にすることもない。


 それより、続きだ、続き。


「蓮見って、頭いいんだっけ?」


「そういえば、ずっと勉強してるイメージね」


 勉強くらいしか、やることがないんでな。


 しかし、俺の普段の動向を知ってるとは。

 案外周りを見てるんだな、派手ガールズも。


「めっちゃ真剣に読んでるじゃん」


「実はそういうキャラなのかしら? 水織みおり、喋ったことある?」


「えっ!? わ、私!? な、ないよ! ないない!」


 静樹のやつ、不自然すぎだろ……。

 なにを焦ってるんだか。


 横目でちらりと見ると、静樹はなぜか、こちらを睨んで顔を赤くしていた。

 うっすらと涙目になって、恥ずかしそうに口を結んでいる。


 また、何か言われそうだなぁ。


 そう思いつつも、俺はペラペラと漫画のページをめくっていった。

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