010 胸騒ぎと抱え方
次の日は土曜日だった。
月曜の建校記念日と合わせて、三連休になるのがありがたい。
連休初日の今日は、朝からバイトに励むことにした。
イツイツ用の箱を背負って、クロスバイクを走らせる。
特に欲しいものもないが、だからと言ってやりたいことがあるわけでもない。
それならバイトでもしていた方が、なにかと役に立つだろう。
貯金は無駄にならないし、勉強だって同じだ。
それに、イツイツは時給制のバイトと違って、自分の頑張り次第で給料が増える。
やりがい、という意味では、実はかなり気に入っている仕事だった。
「おっ」
何件か配達を済ませて、昼前になった頃。
新たに届いたメールを開くと、静樹の注文だった。
改めて考えると、住所ですぐに注文主がわかるのは、ちょっと危ないような気がしないでもない。
静樹はシンプルなうどんを注文していた。
もちろん報酬は魅力的なので、迷わず受注ボタンをタップする。
そのまま店で商品を受け取り、例の高級マンションを目指した。
いつも通り来客用駐輪場に自転車を停めて、オートロックのある玄関へ。
401号のインターホンを鳴らして、静樹が出るのを待つ。
「……」
……。
「……ん?」
おかしいな、反応がない。
アプリで配達が俺だってことはわかっているだろうし、着いたことも確認できるはずなんだが……。
もしかして、居眠りでもしてるのか?
もう一度部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押してみる。
しばらく待っていると、今度は返事がないままオートロックが開いた。
「……なんだ?」
慣れたとはいえ、静樹がここまで無愛想なのは妙だ。
自惚れるわけじゃないにしろ、ある程度気軽に言葉を交わす関係にはなってたと思うんだが……。
なんとなく胸騒ぎがして、俺は早足でエレベーターに向かった。
もどかしい思いで四階まで上がり、そのまま静樹の部屋の前へ。
呼び鈴を鳴らすと、静かにドアノブが動いた。
「……おいっ!」
ドアの向こうには、額に冷えピタを貼った静樹が、壁に寄りかかって立っていた。
眼鏡はかけていないが、いつもの制服とは違い、初めて配達した時のスウェットを着ている。
化粧っ気もない顔は青白く、目もうつろだ。
今にも倒れそうな静樹を放っておくわけにはいかず、俺はその場に静樹をゆっくりと座らせた。
これは、まさか……。
「ね、熱か?」
「……はい」
「……なるほど、昨日誘いを断ってたのは、そのせいか」
顔色が悪く見えたのも、思い過ごしじゃなかったらしい。
俺の言葉にも、静樹はなにも答えなかった。
ただ苦しそうに目を閉じ、その場でうずくまっている。
……落ち着け、状況を整理しろ。
俺がやるべきこと、やってもいいことを考えるんだ。
「立てるか?」
静樹は、今度は首を横に振った。
ひょっとすると、けっこう無理して玄関まで来たのかもしれない。
しかし、どうする……?
静樹はひとり暮らしだ。
さすがに、このまま放置して帰るわけにはいかないだろう。
だが、あんまり出しゃばってもまずい。
緊急事態とはいえ、ひとり暮らしの女子の問題に首を突っ込むのは、モラル的にも……。
「……ごめんなさい、
「……」
……。
……くそっ。
こればっかりは仕方ないか……。
「上がるぞ」
「……えっ」
「とりあえず、お前を部屋まで運ぶ。それでもいいか?」
「……はい」
静樹が頷くのを確認してから、俺は座り込む静樹を持ち上げた。
いわゆる、お姫様抱っこの状態になる。
その名前に反して、いろんな意味で一番安全な抱え方が、たぶんこれだった。
静樹は驚いたような表情をしていたが、幸いにも叫んだりはせず、大人しかった。
靴を脱いで、おそるおそる部屋に上がる。
それにしてもこれ、通報されたら終わりだな、完全に……。
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