011 看病とカードキー


 静樹しずきは見た目の通り、かなり軽かった。

 俺でも抱えられるのだから、相当だろう。


「部屋に、見られたくないものが出してあったりするか?」


「……いいえ」


 俺の問いかけに、静樹は消え入りそうな声で答えた。

 ひとまず、その手の被害は抑えられそうだ。


 俺は念のため、部屋の中をあまり見ないように注意しながら、奥まで進んだ。


 静樹の部屋は、さすが高級マンションというだけあって、やたらと広かった。

 一戸建ての一階部分とそこまで変わらない印象で、2LKくらいじゃないだろうか。


 大きなリビングの真ん中に、高そうなソファがある。

 毛布が置かれているところを見ると、さっきまでここに寝ていたらしい。

 ベッドを探すのもはばかられるので、そのまま静樹をそこに降ろした。


 俺はイツイツの箱を下ろし、中からうどんを出してテーブルに置いた。

 とりあえず、配達完了報告をしておかないといけない。


「大丈夫か?」


「……はい」


 ホントかよ……。


 静樹の声は弱々しかった。

 意識はあるものの、ソファに横になったまま苦悶の表情を浮かべている。


 もしかして、俺が来なかったらヤバかったんじゃないだろうか……。

 そう思うと、少しだけゾッとした。


 さて、どうしたもんか。

 こうなった以上、できるだけのことはやっておいた方がいいような気もする。


 ただ、かといって無駄に長居するわけにもいかない。

 静樹が美少女だってことを抜きにしても、ひとり暮らしの異性の家に上がるのは、やっぱりよくないだろう。


 洗濯物とか着替えとか、そういうものが置かれてないのがせめてもの救いだ。


「薬はないのか?」


 静樹はゆっくりと首を横に振った。


 一人暮らしなのに、常備してないのかよ……。

 それならそれで、学校の帰りに買ってくるとか……。


 いや、今はそんなことを言っても仕方がない。


「食欲は?」


 静樹はまた首を振る。

 注文してたうどんは、とりあえず買ったってところか。


 いや、それともこいつ、もしかして……。


「誰か、来てくれそうな友達はいないのか?」


「……いません」


「一人もか? いつも一緒にいるやつらは?」


「ダメなんですっ……!」


「……そうか」


 どうやら、友達は呼びたくないらしい。

 家での姿を見られたくない、というのに繋がるのかもしれないが、今は緊急事態だろ……。


 それにしても静樹のやつ、薄々感じてはいたが、学校以外では派手ガールズとも会いたくないのか。

 この分だと、地味モードのことも連中は知らないんだろうな……。


 だが、俺の判断で勝手なことはできない。

 こうして部屋に上がり込んでる時点で、もうギリギリなんだ。

 静樹が拒否しない範囲で、俺にできることをやろう。


「ちょっと待ってろ。薬買ってくる」


「えっ……」


「鍵借りられるか? 戻ってきても、また立ち上がれるとは限らないだろ」


「……」


 静樹はしばらく黙っていた。

 当然だ。他人に家の鍵なんて、普通は渡せるわけがない。


「わかった。インターホン鳴らしたら、なんとか鍵開けてくれよ」


 俺はそれだけ言って、立ち上がって静樹に背を向けた。


 近くに薬局があればいいんだが。


「……ん?」


 グイっと服を引っ張られるような感覚がして、振り返る。

 見ると、横になっていた静樹が、指先で俺の服の裾を掴んでいた。


「……鍵、そこの棚です。小物入れの中に……青いカードが……」


「……いいのか?」


 コクン、と小さく頷いて、静樹は手を放した。


 どうやら、信頼してくれたらしい。

 警戒心の無さに少し心配になるが、今回に限っては助かった。


 しかし、鍵がカードキーとは。

 さすが高級マンションだな。



   ◆ ◆ ◆



 風邪薬を買って帰った頃には、もう40分以上が経ってしまっていた。

 慣れないカードキーでエントランスを抜け、静樹の部屋に戻る。

 よかった、挿すだけで開くタイプで。


 静樹はさっきと同じ体勢のまま、ソファに寝ていた。

 ただ、テーブルの上のうどんに手を付けた形跡がある。

 どうやら薬のために、少し食べておいてくれたらしい。


「気分はどうだ?」


「……熱い」


「……だよな」


 俺はキッチンを借りて、浄水器の水をグラスに注いだ。


「起きれるか?」


「……はい」


 重そうな身体をゆっくりと起こし、静樹は生気のない目で俺を見た。

 錠剤と水を手渡すと、緩慢な動きでそれを飲む。


「しばらくしたら熱も引くだろうから、寝とけ」


「……蓮見はすみくん」


「ん?」


「……ごめんなさい」


「……謝るなよ。俺が勝手にやってるだけだからな」


 幸い、明日も休みだ。

 一度寝て起きれば、さすがにちょっとはマシになるだろう。


「今は聞きたくないかもしれないけど、一人暮らしなら冷えピタだけじゃなく、薬も買っとけよ? ただの風邪でも、熱が高いとけっこう危ないんだからな」


「……はい」


「一応ポカリとゼリーも買ってあるから、食えそうなら食えよ」


「……ありがとうございます」


「じゃあ、俺はもう帰るから」


「……」


 言ってから、俺はイツイツの箱を背負って立ち上がった。

 とんだトラブルだったが、見捨てて寝覚めが悪くなるよりはマシだったろう。


「あの……蓮見くん」


「ん? ああ、大丈夫だよ。今回のことも、べつに誰にも言うつもりは」


「い、いえ……。そうではなくて、その……」


「……」


「……もう少しだけ、いてくれませんか……?」


 なにを言ってるんだろうか、この美少女は……。

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