009 愚痴と違和感


「おーっす、悠雅ゆうが


 静樹しずきと配達で話すようになってから、二週間ほど経ったある日の昼休み。


 自分の席でパンを食べていた俺は、やたらとテンションの高い春臣はるおみの襲撃を受けた。

 今日はひとりでゆっくりするつもりだったのに。


 春臣は空いていた前の席に腰掛け、持っていた購買のおにぎりを俺の机に広げた。


「海苔こぼすなよ」


「ノリ悪いこと言うなよ」


「……」


「ノリ悪っ。さすが悠雅」


「で、なんだよ今日は」


 こいつのペースに合わせていたら、無駄に体力を消耗するだけだ。

 お互い気を使う仲でもないので、さっさと話を進めてしまうことにする。


「ちょっとぶりに静樹さんを拝みに来た」


「またそれか」


 相変わらず、美少女鑑賞に精が出るな。


 ちなみに、当の静樹は今日も賑やかな派手ガールズに囲まれていた。

 もちろんいつものギャルモードで、地味な印象は微塵もない。


「やっぱり周りの子と比べて、静樹さんには上品さがあるよなぁ」


「……まあ、そうかもな」


 特に最近は、そう感じる出来事が色々あったような気もするし。


「おっ? 悠雅が同意するなんて、どういう風の吹き回しだよ」


「……べつに、なにもない。お前の言う通りだなって、そう思っただけだよ」


「んー?」


 春臣はニヤニヤした表情で、思わずそらしてしまった俺の顔を覗き込んできた。


 どう考えても失敗だ。

 こいつの性格上、こうなることは予想できてたろうに……。


「ついに静樹さんの良さに気づいたか、悠雅も」


「……うるさいな」


「あぁー、良いなぁ悠雅は。同じクラスで」


「声がデカいんだよ」


 それなりに有名人の春臣と一緒にいれば、目立つのは仕方ない。

 けれど、話の内容が周りに漏れるのはごめんだ、いろんな意味で。


「ところで、愚痴を聞いてくれ」


「……やだけど」


「実は昨日、告られたんだよ」


「聞きたくないんだが」


 春臣は俺の返事も聞かず、すっかり喋る体勢に入っていた。

 こうなると、どうせこいつは満足するまで止まらない。

 ここはパンを食いながら、やり過ごすことにしよう。

 

「同じクラスの女の子にな。ちょっと前から好きだった、ってさ」


「それで?」


「断ったら泣かれた」


「……なんて断ったんだよ」


「タイプじゃない、って」


 そう言った春臣は、弱った、というように肩を竦めた。


 春臣は自由なやつだが、イケメンで誰にでも分け隔てないのもあって、かなりモテるのだ。

 ただ、本人いわく異性への理想が高いせいで、告白されても断ってばかりいる。


 もちろん、告白なんてのはマッチングだから、気に入らないなら断るのが一般的だとは思う。


「で、泣かれたのか?」


「いや。『どこが?』って聞かれたから、顔だって言ったよ」


 ただ、春臣の場合は断り方が問題だ。

 人の恋愛に対して偉そうなことを言う気はないが、何より言葉に容赦がない。


 そのせいか、一度フった相手は大抵の場合、一転して春臣を敵視するようになる。

 もうけっこうな人数の女子に恨まれているはずだ。


 本人の問題だから口は出さないが、わざわざ敵を作ることもないだろうに。

 少なくとも、俺はごめんだ。


「でも、本当なんだからしょうがないだろ。恋愛で嘘をつくのは、俺の主義に反する」


 ブレないやつだ。

 まあ、その気持ちはわからないでもないけれど。


「言い方を変えればいいんじゃないか」


「顔が好きじゃない、以外に言い方なんてあるか? べつに、ブサイクだって言ったわけじゃないぞ」


 春臣は納得いかなさそうに両手を広げ、短いため息をついた。


「タイプじゃないけど可愛いよ、って言うのが正しいのか? フる相手にそんなこと言っても、感じ悪いだろ」


「わかったわかった。ヒートアップするなよ」


「それに、ちゃんと顔が理由だって言っとかないと、『中身なら直すよ!』とか言われるかもしれない。そうなったら、いよいよ断れなくなるんだぞ」


「ああ。なんか、そんなこと言ってたな」


「あの時は大変だった……。まあ、おかげで今の境地にたどり着いたんだけどな」


 たしかあれは、一学期の終わり頃だったか。

 実際に経験したせいか、言葉に切実さがあるな。


 バカそうに見えて、案外ちゃんと物事を考えているところは、周りに理解されにくい春臣の長所だろう。

 一緒に勉強していた高校受験期も、こんな話をよくしてたっけか。


「で、愚痴ってそのことか」


「そっ。酷いよなぁ、告白された時点で、強制的に嘘つくか嫌われるかの二択を迫られるんだから」


「お前、あんまり俺以外にそういうこと言うなよ」


「言わないって。あんまり。できるだけ」


「忠告はしたからな」


 安心しろ、骨は拾ってやる、できるだけ。


「あぁ、もっと運命的な相手が現れないかなぁ」


「乙女チックなセリフだな」


「いいだろーこんな時くらい。そういえばイツイツのバイトって、女の子と出会いがあったりしないのか?」


「……ないよ」


 一瞬答えるのが遅れて、俺はかすかに額に汗が滲むのがわかった。


「でも、配達先の人と顔合わせるだろ? 仲良くなったり、顔覚えられたりしそうじゃん」


「しないって」


「そっかぁ……」


 春臣はがっかりしたように肩を落としてから、残っていたおにぎりを一気に口に突っ込んだ。


 嘘は言ってない。

 静樹とは、ただ何度か話したってだけだ。

 あれくらいで仲良くなったなんて、思ってもいなければ、思われてもいないだろう。


「パフェ食べに行こーーー!」


 その時、突然デカい声が教室中に響いた。

 案の定、出どころは派手ガールズだ。


「はい採用」


「あ、それなら駅前のショッピングモールの上にしない?」


「おぉー、いいねいいねー!」


 静樹を囲むようにして、派手ガールズが騒ぐ。

 放課後まで団体行動とは、尊敬するくらいのエネルギーだ。


 だが、乗り気な派手ガールズの中央で、静樹はどこか沈んでいる様子だった。


「ご、ごめーん……! 私、今日はちょっと……」


「えぇー! みおりん行かないのー!」


「うん……えっと、予定があってね!」


「付き合いわるー」


「こら。ミキも断る時あるでしょ」


「じゃあ今日は3人かー」


「まあいいじゃん! 行こ行こー!」


 そんなことを話しながら、派手ガールズはまとまって出て行った。

 途端、教室の中が一気に静かになる。


 静樹は、予定がある、と言っていた。

 だから、なんとなく静樹の顔色が悪いように見えたのは、きっと気のせいなのだろう。

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