008 チョコレートと清楚


 五度目の静樹しずきへの配達は、それからすぐにやって来た。

 具体的には、四日後の夜だ。


 いくつかのドーナツが入った紙袋を専用の箱に入れて、いつものように静樹の部屋を目指す。

 だが呼び鈴の後に顔を出した静樹は、今までとは少し違った格好をしていた。


「……あんまり見ないでください」


「いや、悪い……。ただ、気が変わったのかなって」


「……だって」

 

 制服を着て、眼鏡もはずしているが、化粧はしていないように見える。

 おまけに髪型も、初めて配達した時と同じ、前髪が目にかかる無造作ロングヘアだ。


 これは言うなれば、半分地味モード、って感じだろうか。


「……なんだか、もういいかもしれない、って思いまして。やっぱりメイクは、帰ったらすぐに落としたいですし……」


「……そうか」


 しかし、どういう心境の変化なのだろうか。

 ひょっとすると俺が配達する機会が多いせいで、慣れたか、もう吹っ切れたのかもしれない。


 ところで、ちょっとぶりに見た地味風の静樹は、それでもやっぱり美少女だった。

 メイクなんてなくたって、可愛らしくて、かつ整った顔立ちは健在だ。


 ただ、当然ながら学校で見るような派手モードの静樹とは、印象はガラッと変わる。

 普段の静樹が元気な美少女ギャルなら、今は大人しい清楚系美人という感じだ。

 これだけ素材がいいと、どんな格好をしても映えるんだろう。


「……そうだ。ネット、どうだった? 直ったか?」


「あ、はい! 新しいのに挿し替えたら、ちゃんと繋がるようになりました!」


「そうか。よかった」


 言いながら、俺は思っていたよりも自分が安心しているのを感じた。

 まあ、ケーブル代は静樹の負担だから、そのせいかもしれないけれど。


「ちょっとだけ待っててくださいね」


 そう言って、静樹はドアの向こうに消えていった。

 しばらくぼーっとしていると、手に小さな紙袋を持った静樹が、笑顔で戻ってくる。


「はい、どうぞ」


「……なんだ?」


「チョコレートの詰め合わせです。お礼にと思って」


「……いいって言ったろ」


 お返しなんてされるほど、大した貸しでもないだろうに。


「ダメです。受け取ってください。そのために買ったんですから」


「……まあ、そういうことなら」


 そんなことを言われると、さすがに受け取らないわけにはいかない。

 ここは素直に、ありがたく貰っておくとしよう。


「それにしても、こういうのってどこで買うんだ?」


「スイスの有名なお店です。駅前に支店があるんです」


「ふぅん」


 言われてみれば、なんかそんな感じの場所があったような気がしないでもない。

 さすがはリア充、行動範囲が広い上に、普段触れてるものがいちいち華やかだ。


「昨日、ユカちゃんたちと一緒に行ったんです」


「好きだな、そういうの」


「……べつに、好きじゃないです。付き合いですよ。男の子にはわからないかもしれませんけど」


「わからないのは男だからじゃなくて、俺がぼっちだからだけどな」


「ふふっ。そうでした」


「嘘でも否定しろよ」


 まあ紛れもない事実だから、仕方ないけれど。


「あ、そうです。蓮見はすみくん」


「ん?」


「今日の英語で、たしか宿題が出ましたよね?」


「ああ。それが?」


「先生、どこの問題って言ってましたっけ? 聞き逃してしまって……」


「そういうことか。練習問題4と5だな」


「あ、あそこですか! ありがとうございます!」


 静樹は安心したように胸を撫で下ろしてから、せっせとスマホにメモを取った。

 やっぱり話せば話すほど、真面目なやつだな。


「友達は、誰も聞いてなかったのか?」


「……わかりません。けど、たぶん聞いてないと思います。みんな勉強に関しては、私頼みですから。聞いてみるのも気まずいですし……」


「なるほど」


 その言葉で、俺は以前教室で見たものを思い出していた。

 一人だけ宿題をやっていた静樹と、それを写すために群がる派手ガールズ。

 よくある光景といえばそうだが、いい気がしないやつもいるだろう。

 もしかすると静樹も、そんな現状をあまりよく思っていないのかもしれない。


「いつも一緒にいるメンバー以外に、友達はいないのか?」


「うっ……」


「……」


「い、いますっ……。でも、みんな同じようなタイプですし……」


「……ふぅん」


 静樹の声と表情は暗かった。

 なんだか、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする。


 まあたしかに、静樹はいつも派手ガールズと一緒だから、ほかの友達はできにくいんだろう。

 悪いやつらではないと思うけれど、排他的というか、付き合う相手を選んでいそうだしな。


「じゃあ、俺はもう行くから」


「あ、そうですね。今日もありがとうございました」


「いいって。バイトだからな」


「チョコ、溶ける前に食べてくださいね。おいしいですから」


「ああ。わかったよ」


 軽い挨拶を交わしてから、俺はマンションを後にする。

 自転車に乗る前に、もらったチョコレートの包みを一つだけ開けて、口に入れた。


「……うまっ」


 さすがは静樹のチョイス。

 美少女は、こんなところでもセンスが良いらしい。

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