007 頼み事と笑顔
「ほら、注文してたサンドイッチ」
「ありがとうございます」
ドアから顔を出した
さすがに四度目となると、お互いもう慣れたもんだ。
ただ、やっぱり静樹の格好は、学校で見るのと同じ派手モードだった。
おそらく、学校から帰ってそのままなんだろう。
この姿で丁寧な口調で話されると、まだ多少違和感がある。
「……よく当たりますよね、
「残念だったな、俺で」
まあこればっかりは運だから、諦めてくれ。
「……いえ、もういいんです。たしかに蓮見くんの言う通り、他の人が来るより安心ですから」
「この前はすみませんでした」と続けて、静樹は困ったような顔で笑った。
全然気にしてないのに、お人好しなやつだ。
「じゃあな」
さて、前回みたいな長居は無用だ。
早いとこ引き上げて、あとは寝るまで勉強に励むとしよう。
「あっ……蓮見くん、ちょっといいですか?」
「んぁっ?」
静樹は少しだけ間を置いて、控えめな声で言った。
呼び止められるとは思ってなかったので、ついマヌケな反応をしてしまう。
「なんだ?」
「……蓮見くんは、機械のこととかわかりますか?」
「きかいって……マシーンの機械か?」
「は、はい……。あの、えっと……実は、家のワイファイが繋がらなくなってしまって……」
「……ああ」
そんなことか。
と、思ったけれど、静樹の表情は真剣そのものだった。
まあ、わからないやつからすれば、たしかに深刻な問題なのかもしれない。
「友達に聞いても、誰もわからなくて……」
「なるほどな」
友達というのは、おそらく派手ガールズのことだろう。
わからないだろうなぁ、と思ってしまったことは内緒だ。
「はい……。原因とか、直し方がわかったりしますか……?」
「まあたぶん、簡単な診断と対処法くらいなら」
「ほ、ホントですか! あっ……えっと、よかったら教えてくれませんか……?」
静樹はそう言って、身体の前で祈るように両手を組んだ。
大袈裟なやつだ。
そこまでの労力でもないし、べつに構わないだろう。
「いいよ。でも、わかる範囲でな」
「あ、ありがとうございます……!」
ホッと胸を撫で下ろすように、静樹は息を吐いた。
これで解決できなかったら、なんかダサいな俺……。
「ルーターの場所はわかるか?」
「えっと、あの黒いやつですよね……?」
「まあ色はわからないけど、たぶん黒だな」
最近の家電は、ローズゴールドとかが流行ってるらしいし。
「た、たしかテレビの横にあったと思います!」
「じゃあそれの電源がついてるか確認して、ついてたら電源ケーブルを抜いてから、もう一回挿してみてくれ」
「は、はい! ちょっと待っててくださいね!」
バタン、とドアが閉まって、静樹の足音がかすかに聞こえてくる。
大抵こういうのは再起動で直るんだが。
しばらくすると、静樹は見るからに暗い表情でまたドアを開けた。
「……ダメでした。やっぱり繋がりません……」
「そうか」
うーん、直接触れれば楽なんだが。
とはいえ、上がり込むわけにもいかない。
なんとか静樹を遠隔操作するしかないな。
「パソコンはあるか?」
「え? は、はい」
「なら、パソコンがネットに繋がってるかどうか、確認してくれ」
「わ、わかりました!」
静樹は素直に返事をして、また部屋の中に消える。
が、少し経った後、さっきと同じ落ち込んだ表情で戻ってきた。
「繋がってませんでした……。壊れちゃったんでしょうか……?」
「安心しろ。スマホもパソコンもダメってことは、たぶんネット側の問題だよ」
「そ、そうなんですね……! よかった……」
「ああ。よし、じゃあ次は……」
それから、俺は静樹にいくつかの指示を出した。
その結果、壁から直接パソコンを有線接続してもダメなことがわかった。
ほかの住人の電波が飛んでいるところを見るに、おそらく原因は。
「ルーターじゃなく、ケーブルの断線だな」
「え、そうなんですか!」
「おう。取り換えれば直ると思うぞ。大した値段でもないし、買ってもいいんじゃないか?」
「か、買う……」
困ったように目を泳がせる静樹。
当然ながら、なにを買えばいいかわからないんだろう。
こうなったら、最後まで面倒見るか。
「すぐに欲しいなら、俺が買って来るけど」
「えっ……そ、そんな、いいですよ! 急いでるわけじゃないですし……」
「そうか。なら、通販使えるか?」
「は、はいっ!」
その後、静樹はスマホから俺のチョイスで、安いLANケーブルを一本注文した。
明日には届くようなので、ひとまずこれで解決だろう。
今どきの通販は速いな、配達が。
「ありがとうございます、蓮見くん」
そう言って、静樹は本当に嬉しそうにニッコリと笑った。
あまりの可愛さに、思わず顔をそらしてしまう。
すっかり忘れていたけれど、こいつ、やっぱりめちゃくちゃ美人だな……。
「いや……いいよこれくらい」
「いいえ。いきなりだったのに、ホントにありがとうございます!」
「……おう」
「でも、すごいですね! ……なんだか、男の子って感じがしました」
「男にどんなイメージ持ってるんだ、お前は」
「機械に強い、とか? えへへ……」
「前時代的だな。それに、こんなのちょっと慣れれば誰でもわかるぞ」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
俺が言っても、静樹はまだ感心したような顔をしていた。
感謝されるのは嬉しいが、労力と称賛が釣り合っていないような気もする。
「じゃあ、もう行くよ」
「あ、そうですね! また引き止めてしまって、すみません」
「いいよ。ただ、冷めるもの注文した時は、早めに食えよ」
今日はサンドイッチだからよかったものの、前回は親子丼だったからな。
「ふふ。はい、そうですね」
静樹はなぜだかおかしそうに、クスクスと笑っていた。
そんな様子もまた可愛らしくて、俺は少しだけ心が癒されるような気分だった。
頼むから、ちゃんとケーブルで直ってくれ。
俺はどことなく落ち着かない気持ちで、帰りの坂道を自転車で下っていった。
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