004 密会とギャップ


 静樹は俺の腕を掴んだまま、どんどんと校舎内を人気ひとけのない方へ進んだ。

 誰もいない教室に入り、内側から鍵を閉める。


 静樹は腰に手を当てて、道を塞ぐようにドアの前に立つ。

 キッと俺を睨むその顔は、相変わらずとんでもないくらいに美人だ。


「は、蓮見はすみくん……!」


「なんだよ」


 このシチュエーション、まさか告白か?

 なんて、訓練されたぼっちである俺は思わない。

 そんなことがあり得ないということは、俺のこれまでの人生が証明している。


「……い、言ってませんよね? 昨日のこと……」


 さっきまでの勢いはどこへやら、静樹は消え入りそうな声で言った。

 理由は不明だが、口調もすっかり敬語になってしまっている。

 そのせいか、教室での軽い感じが消えて、おどおどした弱気な雰囲気が出ていた。


 それにしても、やっぱりその話か。

 まあ俺と静樹の接点なんてそれしかないんだから、当然だけれど。


「言ってないぞ」


「……ほ、ホントですか?」


「ホントだって」


「ホントのホントに?」


「ホントだ」


 俺の言葉を聞いても、静樹は依然、疑いに満ちた表情をこちらに向けていた。

 静樹が用心深いのか、俺が信用されてないのか、はたまたその両方か。


「で、でも今日……お昼に誰かとお話ししてましたよね?」


「昼? あぁ、春臣はるおみのことか。あいつにも話してないよ。約束だからな」


 まあ、たしかにあいつが知れば、喜びそうな話ではあるけども。


「……ホントですか?」


 静樹は未だに疑っているらしかった。

 まったく、なんで信じさせるのにこんなに苦労しなきゃいけないのやら。


「大丈夫だよ。言いふらしたって、俺にはなんの得も無いんだから」


「で、でも……普通なら口止めの条件を出したり、とか……」


 そう言った静樹の顔に、不安の色が浮かぶのがわかった。


 なるほど、そういうことか。

 言いふらすメリットが無いのと同じように、俺には黙っているメリットもない。

 だからこそ静樹は、なにか対価を払っておいた方が、かえって信用できると思っているんだろう。


 昨日は動転してそこまで気が回らなかったが、今日になって不安になった。

 まあそんなところか。


 意外と慎重、というか、よっぽど昨日のことを知られたくないらしい。

 ただ、静樹はひとつだけ勘違いをしている。


「そんな脅迫じみたことしないよ。それに、もし俺が昨日のことを広めたら、俺はお前や、お前の周りの連中の恨みを買うことになる。正直、そんなのはごめんだ」


「えっ……」


「俺はクラスでぼっちだし、当然人望もない。でもお前は違う。味方が欲しいとは思わなくても、敵を増やす度胸なんてないよ、俺には」


 静樹が自分の立ち位置に自覚的かどうかは知らない。

 だが俺に言わせれば、派手ガールズや無数の静樹ファンを敵に回してまで、静樹の秘密を吹聴するなんて悪手中の悪手だ。


「つまりもともと、俺には静樹を脅せる材料なんてないんだよ。俺のことは信じられなくても、今の話は筋が通ってるだろ」


「……蓮見くん」


 静樹は驚いたような、不思議そうな顔をした。

 少しだけ口を尖らせて、俯くように腕を組む。


 そんな仕草も静樹の手にかかれば、まるでドラマのワンシーンみたいにさまになっていた。


「……わかりました。蓮見くんのこと……信じます」


「そりゃよかった」


 ふぅ。

 無駄に疲れた気がするが、どうやら無事に納得してくれたらしい。


「……蓮見くんは、なんだか少し、変わってますね」


「変わってるもんか。俺ほど平凡な人間はそうそういない」


「ほら、やっぱり変わってます」


 言って、静樹は初めてクスクスと笑った。

 まじめに答えたのに、失礼なやつだ。


「それを言うなら、静樹だって十分変わってるぞ」


「え、ど、どうしてですか……?」


「家にいるときは地味だってこと、やたらと隠したがってるだろ。たしかにイメージとは違うけど、隠すほどのことか? 大した問題には思えないけどな」


 それに、世間にはギャップ萌えという言葉もあるらしいし。

 まあギャップさえあれば良いってわけじゃないだろうけれど、静樹くらい美人なら大体のギャップはプラスになるはずだ。


「……大したことなんです、私にとっては」


「……ふぅん」


 静樹は深刻そうな表情で、ぎゅっと拳を握ったように見えた。


 べつに本人がそう言うなら、これ以上否定するつもりもない。

 リア充にはリア充の、俺には到底想像もつかないような価値観があるんだろう。


「そういえば、今日はカフェに行くんじゃなかったのか?」


「な、なんで知ってるんですか……!」


「いや、すまん。昼休み、デカい声で話してたから」


 あの会話の通りなら、俺に構ってる暇なんてないはずだが。


「あ、そうでした……」


「行かなくていいのか」


「……いいんです。あれはもう、なしになりましたから」


「予定変更か」


「……ユカちゃんの気が変わったんです。あの人たち……いえ、私たちが気まぐれなのは、いつものことですから」


「なるほど」


 まあ、派手ガールズらしいと言えばそうだな。

 勝手に気まぐれなのは構わないが、振り回される立場にはなりたくないもんだ。

 口ぶりからすると、静樹もあまりよく思っていないのかもしれない。


「じゃあ、俺は帰るから」


「あ、蓮見くんっ……!」


「ん?」


「……ありがとうございます。黙っててくれて」


「いいよ、約束だからな。それに、話そうとも思わないし」


 それだけ答えて、俺は鍵を開けて教室を出た。


 静樹との妙な繋がりも、もうこれっきりだろう。


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