003 友人とジト目
俺は購買で調達したパンをかじりながら、のんびり日本史の教科書を眺めていた。
ぼっちなのだから、せめて勉強くらいはやっておかなければいけない。
「みおりーん! 今日あそこのカフェ行かない? 駅前に出来たやつ!」
「いいじゃん! 行こ行こ!」
今日も賑やかな派手ガールズの会話をBGMに、歴代内閣総理大臣を覚える。
『イクヤマイマイオヤイカサカサ』。
イは全部伊藤博文か、わかりやすいような、わかりにくいような。
「ミキも行くっしょ?」
「いやぁ、うちはパス」
「ちょ、なんでさー。あ、さてはこの前言ってた男かー!」
「うっせー」
相変わらず派手ガールズらしいやりとりだ。
俺を含め、クラスの連中はみんなもう慣れている。
ただ、やっぱり今日だけはちょっと、いつもより気にならないこともなかった。
「いいもーん! あたしにはみおりんがいるし! ねー、みおりん!」
「う、うん! 私たちだけで行こー!」
あんなことがあったとはいえ、静樹
派手なギャルたちに雰囲気も会話もよくなじみ、そのうえで一人だけずば抜けてかわいい。
だが昨日みたいな姿を見てしまうと、どうしてもギャップというか、差を感じてしまうのも事実だ。
誰にも言わない、と約束はしたものの、俺自身が昨日のことを忘れられるというわけではない。
お門違いなのかもしれないが、なんとなく、そわそわするような気分だった。
「よっ、
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、そこには一人の男子が立っていた。
この学校で唯一の俺の友人、
ニカっと眩しい笑顔を作って、そのまま向かいの席にすとんと座る。
「なにしに来たんだ」
「悠雅が寂しがってるかと思ってなー」
「ホントは?」
「目の保養に」
言って、春臣は親指で派手ガールズの方を指した。
それから満足したように頷いて、うぅんと唸る。
「今日もかわいいなぁ、静樹さんは」
「やっぱりそれが目的か」
やたらとツラが良くてモテるくせに、美少女に目がないのだ。
話によれば、静樹以外にも何人かお気に入りがいるらしい。
「化粧はけっこう濃いけど、絶対すっぴんも美人だよなぁ。素材の良さが隠せてない」
春臣はジロジロと、値踏みするような視線を遠慮なく静樹に送る。
こいつの言う通り、昨日配達で会った静樹は、化粧っ気がなくても文句なしにかわいかった。
まあそうでなくても、静樹の素材がいいことは見ればすぐにわかるんだけども。
「ところで、悠雅はまだぼっちのままか」
「もちろん」
「おい。得意げに言うな」
「誇り高きぼっちだからな、俺は」
自他共に認めるロイヤルぼっち。
まあ、誰にも迷惑はかけてないんだから、文句を言われる筋合いもない。
「学校初日にあんなミスさえしなきゃ、まだマシだったかもしれないのに。バカだな」
「あれはミスじゃない。それに、もしああしてなかったとしても、結果は変わらないさ」
「まあ、それもそうか」
「そうなのかよ」
こいつに言われると、やっぱり多少はムカつくもんだ。
「あ、そうだ水織、数学の宿題やった?」
ふと、そんな派手ガールズの声が耳に飛び込んできた。
なんとなく気になって、俺は横目でチラリとそちらを見る。
「えっ! う、うん……まあ一応、テキトーに……」
「さっすが。ね、ちょっとだけ見してー」
「あっ、ごめんみおりん、あたしもー!」
「い、いいよー……! はい、これ!」
そんなやりとりの後、派手ガールズは静樹の机に集まり、ノートをせこせこと書き写していた。
やってるの静樹だけかよ。
「間違ってても怒んないでよねー!」
明るい声でそう言いながらも、静樹の表情はどこか引きつっている、ような気がした。
そんなふうに感じたのは初めてだ。
俺の思い過ごしだろうか。
「……お」
その時、派手ガールズたちの隙間を縫うようにして、一瞬静樹と視線が合った。
静樹は驚いたような顔をすると、すぐにジト目になってこっちを睨んでくる。
どうやら嫌われてしまったらしい。
ちゃんと、秘密は守ってるんだけどな。
「ん? おい悠雅、どうした?」
「……いや、べつに」
「そうか? それにしても、静樹さんってギャルっぽいのにわりと真面目だし、やっぱポイント高いよなぁ」
春臣はもう満足したのか、うんうん、と勝手に頷きながらさっさと教室を出て行った。
自由で気ままなやつだが、自然体で生きてるところは嫌いじゃない。
高校受験のための塾で知り合っただけなのに、いつのまにかずいぶん親しくなったもんだ。
その後は何事もなく、あっという間に放課後になった。
ぼっちの学校生活には、特筆すべきことなどなにも起こらないのだ。
さて、と。
俺は自分のカバンを持って、一人でさっさと昇降口へ。
今日も帰ったら勉強とバイトだ。
それから、少しネットの通販でも見よう。
たしかそろそろ、けっこうバイト代も貯まってた気がするし。
そんなことを思いながらあくびをしていると、突然誰かに手首を掴まれた。
「おわっ、なんだ」
「ち、ちょっとこっちへ来てください!」
振り返ると、そこには焦ったように顔を赤くした、静樹水織が立っていた。
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