002 嘘と秘密
時間にして、10分以上は経っていたと思う。
怯えたような表情で、ドアの隙間から顔だけを出している。
そしてなぜか、今度の静樹は髪もゆるふわウェーブで、化粧もしているように見えた。
眼鏡もはずしていて、まさに学校で見る静樹そのままだ。
とびきり美人なのは同じでも、やっぱりかなり印象が変わる。
もしかして、それで時間がかかっていたのだろうか。
「……おーい、どうした」
「あ、ご、ごめんね
「妹?」
なに言ってるんだ、静樹のやつは。
「いや、さすがに無理があるだろ。似てるどころじゃなく、同じ顔だったし」
「そそそ、そうなの! 私、実は双子の妹がいるんだよねぇ! あはは……」
「なんでその双子の妹が、俺の名字を知ってたんだよ」
「えっ!? ……えぇっと、それは……」
静樹はあからさまに目を泳がせて、必死に頭を捻っているようだった。
額にうっすらと汗をかいているようにも見える。
「そ、そう! 私が話したの! クラスに蓮見くんって人がいてねぇって!」
「なんでまた、わざわざ俺のことなんて」
まともに会話したこともないのに。
「えっ……い、いやぁ……えっとぉ……」
静樹の目はぐるぐる回っていた。
無理やりな言い訳を考えるうちに、自分でもわけがわからなくなっているのかもしれない。
察するに、静樹はさっきの姿が家での自分なのだと、知られたくないのだろう。
理由はともかく、そういうことなら、隠したがっていることをわざわざ暴く必要もない。
「まあいいや、妹ね。じゃあこれ、注文してたやつな」
言って、俺は静樹にオムライスの入った紙袋を差し出す。
が、静樹は拍子抜けしたように目をぱちくりさせ、袋を受け取らずに固まっていた。
「え、あの……」
「なんだ? いらないのか、オムライス」
「……信じてくれたの? その、妹のこと……」
「おう、信じた信じた」
「……嘘だ」
「嘘じゃないって」
「う、嘘! 絶対信じてないよ! うわぁっ!!」
静樹は嘆くように叫び、大袈裟におろおろし始めた。
それにしても、夜なのに騒がしいやつだ。
「信じてよ! ホントに妹なの!」
「だから信じてるって……。信じたことを信じろよ」
「うっ……だ、だって……」
静樹は追い詰められたように、顔を強張らせた。
だが状況的に考えて、明らかに双子は嘘だ。
もし本当なら、ここに連れてきて二人で並べば、簡単に証明できる。
それをしない時点で、もはや疑いようがない。
俺だって、それを踏まえた上で信じることにしたんだから、ある程度譲歩してくれないと困る。
「大丈夫だよ。そういうことにしておきたいんだろ?」
「えっ!? えっと……あの……」
「だったら、今回はお前の言うことを信じるよ。だからとりあえず、オムライスだけ受け取ってくれ」
「う、うん……」
静樹はゆっくり頷いてから、震える手で俺から袋を受け取った。
さて、なんだかいろいろあったような気がするけれど、これで配達完了だ。
配達先が端っこなおかげで増額ボーナスもついたし、ラッキーだったな。
「……ま、待ってください!」
「ん?」
背を向けたところに声を掛けられて、俺はまた静樹の方を向いた。
背負っている配達用の箱がデカくて、動きにくい。
……ところで、なんで急に敬語なんだ?
「……すみません、双子は嘘です」
「……そうか」
バツが悪そうに俯いて、静樹はあっさりと白状してしまった。
たぶん諦めと、俺を騙すことへの罪悪感のせいなのだろうと思う。
「は、蓮見くんは……引かないんですか?」
「引くって、なにに?」
「わ、私が家であんなに……その、地味で……」
「……って言っても、家にいる時なんて、みんな気が抜けてて当然だろ」
それにこのバイトをしてれば、受け取りの時にラフな格好をしてる人なんてしょっちゅう見る。
渡す方も受け取る方も、そんなこと気にしてないのだ。
「で、でも私……学校ではもっと……なんというか」
「まあ、派手だよな」
「……はい」
ふむ。
たしかに今の静樹は、学校での派手で華やかなイメージとは、正直言って真逆だ。
格好もそうだが、学校ではもっと元気というか、明るいイメージがある。
今日はなぜだか、ずいぶんと大人しい。
ただ、だとしても、べつに俺の考えは変わらない。
「そりゃたしかに意外だったし、びっくりはしてるけど、それだけだ。引かないよ、そんなことで」
「……」
「じゃあ」
「あ! 蓮見くん!」
またくるくる回って、静樹に向き直る。
いい加減疲れてきたな。
「だ……誰にも言わないでくださいね……?」
「おう」
「ぜ、絶対ですよ!」
「絶対な」
「絶対!」
「絶対だ」
「……」
静樹は相変わらず疑わしそうな表情だったけれど、それ以上はもうなにも言ってこなかった。
どうやら一応、納得したようだ。
そのままマンションを出て、夜の下り坂をスイーっと進む。
静樹みたいなリア充美少女にも、いろいろ事情があるらしい。
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