第4話 女神との対峙

「手りゅう弾はもういらない」

「そう。不要なのね」


 確かに聞こえてくる女神の声。姿は見えないが、声の主はハルカの目の前に存在しているようだった。ハルカは女神が目の前にいるとの前提で話し始めた。


「あんな無様な戦いでは満足できなかっただろう?」

「いいえ。大変満足でしたわ。貴女の、その不利を不利と思わせない戦いぶりは賞賛に値します。それに対してあのギャレットのみっともない事。元々アレにはうんざりしてたんですけど、今回の件でより一層うんざりしました」

「あなたの部下ではなかったのか」

「いいえ。彼女は単なる駒。部下ではありません」

「彼女……あれで女だったのか」

「ええ。彼女は最近流行りのT、LGBTのTでしたの」

「T……トランスジェンダー(Transgender)だったのか。全然わからなかったぞ」


 ハルカは彼女に落書きした事を後悔した。せっかく女性となった体に男性器の落書きをしてしまったからだ。ある意味残酷で冷徹なハルカだが、人の心を失っているわけではない。


「それでね。あいつ、女が大好きなの」

「待ってくれ、それは……同性愛者レズビアンになるのか? 性転換せずに男のままでよかったのではないか。それなら多数派の異性愛者ヘテロセクシャルのカテゴリーに収まるし、女性に対して自然に求愛できるではないか」

「そういう意見もあると思うのだけど、彼女は自分の性を女であると肯定したかった。それでサイボーグ化と性転換を同時に行ったのよ」

「望んでサイボーグ化したのか」

「女体化もね。結構筋肉質で好みのタイプだったんだけど、TしてしかもLだったからマジがっかりしたの。それで左遷したわけ」

「左遷? それがあの汚物にまみれた湖にいた理由か」

「そう。唾棄すべき、汚物のごときTしてLだった女。あの汚水湖はお似合いの場所だわ。これまでに何人か差し向けて対戦させたんだけど誰も勝てなかった。だからあなたの勝利は本当に嬉しかったわ」


 ハルカはふう、とため息をつく。あのギャレットの運命に同情する気はないが、この女神はそういった性的マイノリティをあからさまに差別する存在だと理解した。そしてハルカの中に、できる事ならこの女神を、渾身の雷を込めた拳でぶん殴ってやりたいとの欲求が沸き上がってきた。


「雷神のアナトリア。貴女の考えていることはよくわかります。貴女の望みは、私があなたの前に姿を現すこと。そうですね」


 ハルカは静かに頷いた。


「それはそれで面白いのだけど、でも絶対に不可能なのです」

「??」

「私は女神。貴女とは存在する次元が違うのです。通常なら相手の存在すら認識できないのです。こうしてお話しができるのも私の特殊能力神通力があってこそなんですよ」

「なるほど」


 ハルカはそう答えたものの、実際は次元の違いなど正確に理解できるわけがないと考えていた。


「例えばね。水槽の中で飼っている金魚は飼い主に触れることはできない。でも飼い主は水槽に手を入れることで金魚に触れることができる」

「今あなたは水槽に手を入れ、金魚の私と話をしている。そういう事なのか?」

「そうなるわね。うふふ」


 ハルカは意識を切り替えた。

 この女神をぶん殴ってやることは不可能だ。それならば、こんなバカげた企画には二度とかかわりあいたくない。ハルカはそう考えた。


「じゃあもう一度聞くわね。貴女の願いは何かな? 一つだけ叶えてあげる」

「私に関わるな。二度とこんなイベントに呼ぶな。以上だ」


 ハルカの言葉には怒気が混じっていた。

 

「嫌われたみたいね」

「貴方を好きになるのは狂人だけだ」

「言ってくれるわね。でも私は貴方の事が好きよ。このイベントもまた開催したいし、貴女にもぜひ是非来て欲しいの」

「断る」

「そう。じゃあ、お客さんをいっぱい連れて行くっていうあの件は無しね」

「ああ。他力本願ではロクな事がない。今回、再認識した」

「わかったわ。じゃあ元の世界に戻りなさい」


 女神のその一言でハルカは眩い光に包まれた。そして彼女は元の世界、火星の環境維持プラント“アイオリス”へと戻って行った。

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