第3話 場外乱闘 vs女神代理天使タントロン

 ハルカは無事帰還した。


 そこは、戦闘に入る前にいた部屋。100近い扉がずらりと並んでいる場所、ハルカがここに来た際にタントロンと言葉を交わした場所だった。


 ひどい臭いだ。

 新しいピンクのスニーカーは真っ黒に汚れているし、汚水や泥が靴の中でぐちゃぐちゃ音を立てている。ミニスカートも汚物にまみれて肌に張り付いていた。胸元から上はかろうじて汚物に沈んでいなかったが、はねた汚水や得体のしれないゴミが付着していて、見るも無残な残念過ぎる格好だった。


 ふと見ると、タントロンが床で意識を失っていた。ハルカに腹部を殴られそのまま倒れていたらしい。


「誰か介抱してくれる奴はいないのか。お前のお仲間は冷たいね」


 ハルカはしゃがみ込んで、タントロンの頬をぺちぺちと叩く。


「うーん。私、どうしぃちゃったのかしら。お腹がものすごく痛いんですけどぉ」

「おはよう。良いお目覚めのようで」

「貴女は……あっ! 雷神のアナトリア!! ぼ、暴力は反対ですぅ。絶対にぃ訴えますからね。覚悟しときなさいぃ!!」

「うるさいよ。お前さんのおかげで酷い目に遭った」

「酷い目ですってぇ? えっ? 何ぃ? この臭い。鼻が曲がるどころじゃありませんわ! 臭くて臭くて……アナトリア! 貴女が臭いの元??」

「そんな臭い場所へ行って酷い目に遭ったんだよ。お前さんも同じ目に遭わせてやる」


 ハルカはタントロンの金髪をひっつかんで引きずり始めた。


「痛い! 痛いです! 止めてぇぇぇ」


 ハルカは泣き叫ぶタントロンを無視して引きずり、13番の扉の前へと行く。そして扉を開ける。

 目の前には白い大根脚が二本、汚物の陸地から生えていた。


「ほーら。ここがその聖地だ。しっかりと味わえ」


 ハルカはタントロンの尻を蹴飛ばして、汚物の陸地へと放り込んだ。タントロンは頭からその汚物へ突っ込んだ。そのせいか悲鳴は聞こえない。


「さいなら」


 冷たい一言を発して扉を閉めるハルカ。


「さて、風呂にでも入るか。しかし、この臭い、一週間くらい取れそうにないな。衣類は全て廃棄するしかないか。全く、大迷惑だっつーの」


 などとぶつぶつと独り言を言っているハルカの周りを数名の男が取り囲む。


 全員が黒いリクルートスーツを身に着け、赤いネクタイを合わせている。二十歳前後の若い男。清潔感あふれるイケメンで体格も良い。


 そして、全員が小型のリボルバーを構えている。


「何のつもりだ」

「天使様に暴力を振るった。お前は排除する」


 イケメンの一人がそういった。

 続けて別の一人が口を開く。


「我々は天使候補生。未だインターンの身だが、手柄を立てれば天使へと昇格できる。貴女を倒して俺は天使になる」


 そう言って拳銃を握り直すイケメン君だった。


「そう、あんた達も女神さまの刺客って事なの。私と戦って勝てば、昇格できるんだ。そうなんだ」

「そういう事だ。死ね」


 イケメンの一人が拳銃の撃鉄を起こす。

 その瞬間、ハルカはその拳銃を掴んでの撃鉄を押さえていた。


「馬鹿。撃鉄は最初から起こしておけ。それにな、手が届く範囲で拳銃を突き付けるのは考え直せよ。ちょっと捻るとこんなに痛い」


 ハルカが拳銃を外側に捻る。


「うがぁ。痛たたたたああああ」


 ボキボキと地味な音を立て指の骨が何本も折れた。ハルカはそいつの股間を蹴り飛ばす。


「がああ」


 股間をけられた男は白目をむいた。その瞬間、残りの四人が一斉に発砲した。彼らの放った銃弾はハルカの残像をすり抜けて白目をむいた男に命中する。そいつが鮮血を吐きながら倒れそうになったところ、ハルカは左端にいた男の背後にいた。そしてその男の尻の中心、肛門を蹴り飛ばした。


「ぐあああ」


 肛門をけられた男は、くぐもった叫び声をあげて白目をむく。その男の背後にいたハルカに向かって残り三人が一斉に発砲した。しかし銃弾は肛門をけられた男とハルカの残像に命中した。


 ハルカは意図的に、光学的な自己像を作ることができる。およそ0.1秒で消えてしまう程度の残像であるが、そのおかげで、常人ではハルカの動きを捕えることができない。


 アッパーカットとみぞおちへの膝蹴りを放って二人を倒した。そして最後の一人は一本背負いで投げ飛ばした。イケメン五名、全員が意識を失っていた。


「こいつらはもしかして、あのタントロンに惚れてるか、もしくは取り入ろうって魂胆だよな。だったらあそこで仲良くしてな。こりゃたいそう幸せだろうなww」


 ハルカは再び13番の扉を開いて、五名のイケメンをその中へと放り投げた。汚物の中でタントロンがぎゃーぎゃーわめいていたがハルカの知った事ではない。


「ふん。清々したわ。馬鹿者め」


 ハルカは名残惜しそうに扉を閉めた。


「手りゅう弾でもあればなぁ」


 ハルカがぼそりと呟く。手りゅう弾が手元にあれば、連中の頭上に放り投げたかったようだ。


「手りゅう弾ならそこのコンビニに置いてありますよ」


 それは女神の声だった。

 ハルカはタントロンとイケメン五名の事を忘れ、女神に意識を集中することにした。

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