第1話 女神代理の天使タントロン

「よぉうこそいらっしゃいませぇ!」


 素っ頓狂な女性の声が響く。

 眩い光芒に包まれたせいで、ハルカの視力は回復していない。その声は先に聞いた女神の声とは違っていた。誰かが迎えに来ているという事は、既に目的地に到着したのだとハルカは理解した。


 ハルカはゆっくりと瞼を開く。

 目の前に、一見神々しい姿をしている少女がいた。先ほどの素っ頓狂な声の持ち主は彼女だろう。


 金色の巻き毛は腰まである。純白のローブを羽織ったその姿はいかにもどこぞの貴族といった容姿であった。しかし、ハルカは目の前の少女が普通の人間ではない事に気づく。彼女の頭の上には黄金色に輝く、いわゆる天使の輪が浮かんでいるし、背中には純白の羽毛を散らしながら緩やかにはためいている大きな翼があったからだ。


 ハルカは目を見開いて彼女を見据た。


「火星から参りましたハルカ・アナトリアと申します。火星の環境維持プラント“アイオリス”で観光ガイドの仕事をしております。本日はお招きいただきありがとうございます」


 そして深く礼をした。


「ああ、ハルカさん。そんなにぃ硬くならないでぇ。ここでは儀礼的なものは一切不要でぇす。私はタントロン。女神さまの代理を務めております天使でぇす」


 そしてタントロンはハルカに握手を求めてくる。

 ハルカは迷わずその手を握った。


「よろしく、タントロンさん。ところで、私は何をしたらよいのでしょうか。何かお仕事を任されると、女神さまから伺ったのですが」

「はい、では早速お答えいたしぃます。ハルカさんのお仕事は“殺し合い”をすることでぇす」

「殺し合い?」


 ハルカは唖然とした。目を見開き、一瞬だが口をぽかんと開けてしまった。

 

「私は観光ガイドです。早口言葉勝負や民謡替え歌勝負なら得意なのですが殺し合いはちょっと……」


 ハルカはアイオリスの観光ガイドなのだ。彼女の肉体が戦闘用のサイボーグであり、二つ名が“雷神のアナトリア”である事など極秘の情報だった。知っているのは防衛関係者のごく一部か、もしくは火星政府の上層部に限られている。


「あらあらぁ。謙遜しちゃって。貴女の素性はバレてますよぉ。そして今、あなたが考えていることもぉ」


 女神にはそういう情報は筒抜け。ハルカをわざわざ火星から転移させたのは殺し合いをさせる為。ハルカの能力に目を付け、その戦いを所望している。女神が。

 正気ではない。狂っている。しかし、それがこの女神の正気なのだ。ハルカはそう理解した。


 天使タントロンは微笑みながらハルカの顔を見つめている。


「雷神のアナトリアさぁん。貴女の武勇は聞き及んでおりますぅ。今はガイドさんになりきっているようですけれどもぉ」


 タントロンの言葉に憤慨したのか、ハルカの視線が厳しくなる。タントロンを睨みつけていた。


「ああ怖いわぁ。そんなに睨まないでくださるかしら。貴女にご用意させていただいたのはあちらの扉。13番の番号が振ってあるアレ。戦闘の準備が整い次第お入りになってくださいねぇ」


 ハルカは押し黙りタントロンを睨みつけている。激しい怒りがわき上がっているようだが、それは騙した女神に対してなのか、それとも騙された自分自身に対してなのか、彼女自身も判別できていない。


「そうそう。貴女の後ろにあるコンビニエンスストアに手持ちの武器なら置いてありますわ。戦闘服はございませんけど……あら、ご機嫌斜めなままですわね。一応ぅ申しぃ上げてぇおきますけどぉ、逃げるという選択肢はございませんのですぅ」


 ニヤニヤと笑っているタントロンに向かってハルカが一歩前に出る。そして、雷をまとった拳をタントロンのボディに放った。


「ぷぎゃ!」


 感電して十数メートル吹っ飛ばされるタントロン。彼女の衣類は焼け焦げて穴が開き、そして自慢の巻き毛も焼け焦げてクルクルパーマになっていた。


 気を失い、ピクピクと痙攣しているタントロンを一瞥し、ハルカは13番の扉へと向かった。


 ドアノブに手をかけ一気に開く。そしてその中へと飛び込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る