1日目 午後⑤ 監獄都市の幽霊

「………」


無感動に、善人は火の塊を眺めていた。

先ほどまで叫び声をあげていた炭の塊。

そこにあった命の輝きも何もかも、ゴミとなった。


「つまらないな………」


平坦な声が、善人の口から漏れ出た。

つまらない、それが、十数人の老若男女を焼き殺し、その走馬灯を見た感想だった。


善人は思う。

焼き殺すなら、純粋な人間、特に、子供や犯罪者がいいと。

一番最初に焼き殺したあの三人の子供たちは、三人の走馬灯は今でも完璧に思い出せる。

殺人童貞を捨てさせてくれた彼らを、善人の恩人を忘れることなんてできない。


明日はどうしよう。

彼と一緒にいたいな。

彼に私のことを好きになってほしいな。

そんな純粋な、ちいさな恋心。

二人の間で揺れ動かんとしていた、少し朴念仁な少年の動き始めたばかりの心。

そして家族や祖父母、ペットやら友達やら…


そんな走馬灯が炎と混然一体となり、更に輝くさまはもうたまらない。

例えるならば、初めて神の絵を見た人間がその美しさに心を打たれ、跪く。

それほどまでのある種宗教的といっても良い位の、感動を与えてくれる芸術だった。

今でも小躍りしてしまいそうになるくらいだ。


しかし、たった今燃やしたこいつらは違う。

走馬灯が、濁っているのだ。

挫折や敗北に塗れた人生を送ったからか?

いいや、違う。

純粋じゃないからだ。

この都市にぶち込まれ、コールドスリープさせられ遺伝子の提供をさせられている犯罪者たちや、善人とは違い、我慢を重ねていたからだ。

都市が出来るまで、人を殺したいと思っても我慢し、欲しいものがあっても盗まず、抱きたい奴がいても犯さず、我慢、我慢、我慢………

そんな屈折しきった奴の走馬灯を見ても、こう、燃えないのだ、文字通り。

善人はよく思う。

テレビで、ゴールデンタイム辺りにあった、素人のことを取り上げた番組は好きじゃなかったなと。

プロの歌を聞く分にはいいが、素人の歌を聞いて何が楽しい?動画サイトで聞けばいいだろ?と。

人様の家を見せられて何がしたいのだ?自慢か?と。


その点、初期の頃、この都市に入れられていた犯罪者たちは素晴らしかった。

純粋無垢、まるで子供が持つようなそれが、良かった。

我慢をせず、他人を傷つけても何も思わず、今際の際まで自分が悪いとは思わず燃えて逝く。

よくサイコパスやら大量殺人鬼、猟奇的殺人鬼は、映画になったり、テレビで再現ドラマや犯行手口を開設されたりするだろう?

それと同じだ。

彼らの走馬灯と炎が混じったそれは一つの作品だ。

もし不老不死にできる技術があるなら、彼らにそれを処置して、未来永劫焼き続けたいものだった。

DVDやブルーレイに焼くことが出来ないから、彼らを未来永劫焼き続けたい。

そう願うものだろう?


その点、先ほどから逃げていたあの少年は、よさげだった。

クローンであることは疑いようもない。

首の後ろにあるバーコード、昔映画で見たことがあるほどベタな見分けるための方法。

しかし、あの少年のことを思い出せば思い出すほど、ただのクローンでないことも疑いようもない。

全身に刻まれた傷跡こそ、修羅場を潜り抜けてきたことの証左。

何より、その目の奥深くで雄弁に語っていた。

誰かへの深い思いと、それと同様に誰かに抱く暗い殺意。


全てを疑い信頼しない男の目。


この世は濁り、腐りきっていると確信した少年の目。


クローンの殺意は場当たり的なものが相場だった。

短い生で、誰かに殺意を抱くほど人生経験を積めるわけがない。

今自分を殺そうとしているものへの殺意が限界だった。

しかし、あの少年は違う。

長い時を生きて、誰かへの明確な殺意を今も抱いている。

故に、見たくなった。

少年の走馬灯を。

彼の人生を。


「さて!それじゃあ彼を追いかけようか!」


パンッ!と手を合わせ、先ほどとは比べようもないほどの笑顔を浮かべ、善人は追跡を再開しようとした。


「ドローン?ちゃんと命令通りに出来たかい?」


『住宅街エリアから移動した住人はゼロです。お客様の集団が何組かやってまいりましたが、危険であるため避難をしていただきました』


「んー♡グッド!それじゃあ追跡を開始しようか」


善人は歩き出した。

当てはないが、闇雲に探すつもりはなかった。

住宅街エリアは、狭い。

何より、少年の目的は見え透いていた。

善人がある家を焼こうとした瞬間、大声を上げ石を投げて来た。

その時点であの家に誰かがいるのが丸わかりだった。

善人の嗅覚は、その誰かは少女であることを敏感に嗅ぎ取っていた。

故に、あの少年はあの家の近く、そこらにいるのはわかっていた。

そして逃げ出してどこに集合するかの予想は地図を見れば簡単にできるはずだ。

最悪、ドローンやら何やらを使って、見つければいい。


善人は、火炎放射器の具合を確かめる。

思えばこれとの付き合いも長くなったもんだと思い、笑った。

善人が求める状態にするのに、これが一番よかったから、これが愛器となった。

瞬間的に相手を燃やし、走馬灯の純度を高める。

メメント・モリ、死を強制的に想わせる。

それこそが、重要なのだ。


「少年ー?待たせて悪かったよー!どこにいるんだーい?」


善人は歩き出す。

まだまともに歩ける道を、キョロキョロと周りを確認しながら進む。

少年の姿はどこにもない。

いくらなんでも、おかしいレベルだ。

あのラフな格好で、まともにいることが出来る場所なんて、どこにもないのに。


「ドローン?本当に逃げ出していないのか」


『誰も、逃げ出しておりません』


「それにしてもおかしくないかい?」


『誰も、逃げてはいない。誰も、逃げてはいない。誰も、誰も誰もだれれれれれれれ』


「…はぁーっ…」


善人は、大きなため息を吐いた。

こんな重要なタイミングで、壊れるなんて。


『れれれれれれららららららラララ♪歌を歌いましょう』


「うるさいなぁ…」


しかもこのような愉快な壊れ方をするなんて。

これではあの少年に自分がここにいると丸わかりだ。


「ロボット、ロボット!」


『今日の天気は晴れ時々爆炎。所により火炎瓶が降り注ぐでしょう』


「はぁ?」


『良い子のみんなー!今日はお兄さんと一緒に踊ろう!』


そう宣うと、ロボットはクルクルとその場で周り、ブロック塀に自身を打ち付け始めた。


『空を自由に飛びましょう。未来の道具がなくても飛べますよ』


ドローンはフラフラとどこかへ飛んでいった。


「………」


善人は黙り、ロボットを睨みつける。

片方が壊れるのは納得はできる。

こんな世の中なのだ、バグを治せる人員がいるとは限らない。

しかし、両方とも同じタイミングで、このような壊れ方をするなんて、おかしすぎる。


突如、タッタッタッタと、何者かが善人の後ろを走りすぎていった。


「っ!」


振り返るも、既に誰もいない。


「少年?少年なのか?」


声をかけるも、返答はなかった。


再び、善人の後ろを誰かが走っていった。

善人の足元で、走り抜けた何者かの伸びた影が躍る。


「待て!待ってくれ!」


善人は、影を追いかけるも、四方八方で燃え盛る炎が影を散らし、追うための道しるべは容易く消えてしまった。


「はあ………はあ………」


またもや、善人の後ろを誰かが走ってゆく。


「燃えろ!」


無理やり振り返り、火炎放射器のから炎を放つも、断末魔の悲鳴も絶望に染まった叫びも聞こえない。


「ロボット!ロボット!」


『なななにかごようででですか』


善人の近くの電柱に穴が開き、そこから新しいロボットが出てくる。

既に壊れ気味だ。


「俺が追いかけてた子供!そいつは誰だ!今どこにいる!」


『貴方さままままが追跡いららいしたのはNo.190105。NO.190105の生命はんはんのう感知すううふふふん前から出来ずずずずず。既に死亡ししししておりまっすすすす』


「馬鹿な………」


ロボットの話が全て事実なのだとしたら、今善人の近くにいるのは、何者なのか?


「………」


善人の脳裏に、ある噂が過る。


監獄都市に伝わる都市伝説。

この監獄都市に、幽霊が出るという噂を。


このご時世に何を馬鹿な話をと思うだろうが、古今東西、人の死があった場所にはそんな話は存在するものだった。

人が自殺したホテル、不幸な事故が起きたトンネル。

その点、この監獄都市はその話が発生する条件を、容易くクリアしすぎている。

今日までに、この都市で何人のクローンが死んだ?

百万?千万?億?十億?

この都市は、死が充満している。


肝心の噂だが、この都市で男の幽霊が出るという話があるのを、善人はBBQ場で耳にしたことがある。

若い男を見つけて、殺そうと追いかけたのが、話の始まり。

そいつをドローンで追いかけても、猟犬を放とうとも、それらはその男を感知できず、役立たず。

引き金を引いても銃弾はその男を貫かず。

袋小路に追い込もうとも、煙のように姿を消す。

そんな男の存在が、まことしやかに囁かれていた。

複数の噂から出現範囲から考えるに、この住宅街はそこまで、遠くない。


また、ホラ話かどうかわからないが、幽霊を殺したという奴もいた。

しかし、その幽霊の死体とやらは、少し目を離した隙に、消えてなくなるという。

そしてまた、幽霊が現れる。


善人の周りを、誰かが走る。


「いいね…!幽霊の正体、見極めてやる!」


善人は、遮二無二影の走り去った方向へと走り出す。

先ほど少年を追いかけていた時より、善人の走る速度は上がっていた。

燃料タンクの中身が減ったからという理由もあるが、何より、彼の中での獲物の価値が、急激に跳ね上がったのが、大きなウェイトを占めていた。

ただ者ではないと思ったが、よもやあの「幽霊」である可能性すら秘めているとは。

もはや彼の中から少女を焼き殺すという元々の目的は消え失せ、かの少年を焼き殺す事しか頭になかった。

あの少年は何か、この都市の重大な何かに大きく関わっている。

そう確信していた。


もう一つ噂がある。

どこかの監獄都市に、この都市を作った人物がいるという噂だ。

最初に、あの電波ジャックを行い、世界に都市の建設を訴えたあの人物が。

これほどの偉業を成し遂げた人物だ。

もし正体が露見してしまえば、これだけの慈善事業を成し遂げようとも、心なき人はあの人を傷つけようとするだろう。

だから、その人物が作った世界で一番安全な場所である監獄都市に、隠れ住んでいるというのが噂だ。

この都市である可能性は、多いにあった。

なにせ、その人物が話していた言語が、日本語だったから。

他の国に流れていた映像には、その国の言語で字幕を振られていたが、この国にはなかったから。

だから、日本で唯一存在するこの監獄都市こそ、その人物が隠れ住んでいる可能性は、高い。

そして噂の続きがある。

その人物は、都市の監視を行うために、都市住人の中に部下を潜り込ませていると。

もしその部下とやらと、幽霊とやらが同一人物だとするのならば…!

あの少年は、素晴らしい何かを秘めている!

故に、肉体的にはもう既にとてもじゃないが走れる状態ではない善人は、狂ったように加速し、少年を追いかけ続けることが出来た。

少年の、背が見えた。

それは先ほど彼が見続けた少年のそれと同じだ。

違いがあるとするならば、服装がところどころ焼け焦げたことと、焼け爛れた左腕がそこにあったことだ。

なるほど、左腕を犠牲にしたかと善人は得心がいった。

少年は、炎にまかれた、あるいは高熱になったブロック塀に左腕のみを使って登り、あのようなかく乱を行っていたのだ。

恐らく、時間稼ぎという点においては、こちらは少年の策に嵌ったという形になる。

逆に、策に嵌ってよかったとも言える。

もし少女がこの場にいたら、彼を焼き殺すときに何か邪魔をしてくる可能性があるじゃないか。

そう考えたら、彼は邪魔ものを自分自身で排除してくれた形になる。

だから、善人は少年の行いに感謝した。

無駄な行動をして、自分の生き残る可能性を、善人に焼き殺されてくれる可能性を高めたことに、感謝した。


善人は追いかける。

先ほどは登れなかったブロック塀も軽々と昇り、サササと軽やかに走り、追いかける。

これは明日筋肉痛だな、と苦笑いするも、それ以上に少年を追い詰めつつあることに、興奮を隠せなかった。

だが、忘れてはいけないのが、幽霊の噂、袋小路に追い詰めても姿を消すという事実だ。

だから、善人は必要経費をその都度払うことになる。

隠れることが出来そうな場所に火炎瓶を叩きつけ、あるいは火炎放射器の炎で焼き、逃げ道を潰してゆく。

この火炎瓶、ただの火炎瓶と侮ることなかれ。

中に入っているのはアルコール度数の高い酒などではなく、ひどく粘度の帯びた可燃性の液体だ。

すぐに消えることはなく、数分は軽く燃え続ける代物だ。

これならば、逃げ場を潰すことも容易い。


「ふむ…」


燃料タンクの残量から考えて、あと十数秒といったところか。

長年使い続けた経験から、限界を考える。

飲み水もあと一口、多めに見積もっても二口で飲み切れてしまう量。

ロボットに補給を頼むのも、この状態では何を持ってこられるか。

恐らく今を逃せば、少年はどこか別の場所へと潜伏するだろう。

ならば、そろそろ見せてもらうとするか。


善人の見立てが正しいなら、ここら一体の住宅はすべて、火の海だ。

それにあの左腕の状態、さぞ痛むことだろう。

ブロック塀を乗り越えるのもそろそろ限界に近いはず。

ほぼ全ての道は既に倒れた電柱や、火で塞がれた状態。

幽霊だろうと逃げ場は、ない。


善人は、行動に移した。

残り三本の火炎瓶、それを急いで投げ、少年が逃げていた道の先、十字路を潰した。

途中にある家々は燃え、逃げこむことはできない。

少年が出来るのは、逃げることも出来ず、その走馬灯を見せてくれることだけだ。

そのはずだった。


「なに?」


突如少年は、左手にある一軒家に向かって走り出した。

その家は既に二階が燃えている。

一階にもそろそろ火の手が回っている頃だろう。

仮にその中を通って逃げようとも、周りの家は全て燃えており、ブロック塀を越えても、碌な目に合わないだろう。


「クソ!」


善人は、ここでガスマスクを装着した。

人を焼くときに肉眼で見たいがために装着したくはないが、背に腹は代えられないと遂に装着した。

家が焼け落ちる前に、燃えさかる火事の中から少年を救い出し、そして焼き殺すのだ。

簡単な、簡単な仕事だ。


――ん?


少年が逃げ込んだ家の前に、何かが書かれている。

小さなバツ印が、書かれていた。

注意して見なければ気づかなかったろう。

いざというための、逃げ場の可能性がある。

幽霊の話を考えれば、ここが彼の消えるためのポイントである可能性がある高い。

急がなければ!

善人は急ブレーキをかけ、少年を追いかけた。

開け放たれた玄関の奥に、少年が走っていた。

善人が一歩を踏み出した時に、少年が、クルリと振り返ってこちらを見た。


「俺は何もしていない!その結果を選んだのは!アンタ自身だ!」


何を、言っているんだ?

善人は訳も分からず、そのまま目の前の地面を踏みしめた。

かちりと音がした瞬間、足元の地面が爆ぜた。






「はあ………はあ…」


105番は、目の前で起きた爆発を無感情に眺めていた。

ここは、朝に地雷が埋まっていることを確認した家だ。

本来なら、都市外部の奴らが踏んでも何も反応しない、本来なら。

だが、今は別だ。

今、この時なら、都市外部の奴が地雷を踏んでも、同じように爆発する。

警告してくるドローンもロボットも、今はいない。


105番の目的は、時間稼ぎがメインだったが、いかにしてこの追跡者を撃退するかも、考えなければならなかった。

この男は、時間いっぱいまで、105番を追いかけまわすのは、目に見えていた。

ならば、ここで男を止めなければならない。

最初の計画では、倒壊しそうな家の中に誘い込み、そのまま押しつぶすか、そこで潰れたように見せかけて、逃げるつもりだった。

しかし、あのバッテンを見た時に、地雷のことを思い出し、あの男に踏ませたのだ。


男は今、燃えていた。

背負っていた火炎放射器の燃料に引火したらしく、全身火だるまで、影の大きさから考えるに下半身が粉々に吹き飛んだようだ。


その影が、あの時の様で。


頭を振るい、余計な考えを頭から追い出す。

もう男は追いかけることも、燃やすこともはできない、二度と。


105番は、急いで玄関に向かって走り出した。

73番達が隠れている場所に、急がなければ。

そう考えながら、燃え盛る男の横を通ろうとした時に。


炎が、105番の左腕を掴んだ。


「な!?」


炎は、人間の手だった。


「俺を…」


燃え盛る男が、体を震わせ、首をもたげた。


「俺を見ろぉ!」


男の絶叫が、魂の叫びが105番の鼓膜を震わせる。


「俺の、俺の走馬灯を見ろぉ!お前の走馬灯を見せろぉ!」


「離しやがれ!糞野郎!」


落ちていたガラスの破片を手で掴み、何度も振り下ろし、男の腕を刺す。


「ひゃひゃ!ひゃはははははは!」


しかし、男の手は緩むどころか、更に掴む力を強めてくる。


「畜生!」


無理やり引きずったまま、105番は走り出した。

走った後に、血の線が引かれ、臓物が零れ落ちる。


「サイボーグじゃねえんだから!さっさと死ね!」


「ヒャハハハハハアアアアアアア!」


男は狂った笑い声を上げながら、もう片方の腕も105番の左腕を掴まんとしつつある。

105番はその時、目の前をロボットが走るのを見つけた。

そのまま走り続け、ロボットの車輪に、男を巻き込んだ。


「ヒャハハグボグボェ!」


男は血の咳を吐き、遂に105番の手を離した。


「ヒャ…はや…は…」


笑い声は静かになり、そして、火の塊は何もしゃべらなくなった。


「はぁ…はぁ…はぁ…何言ってんだよアンタ…他人の走馬灯なんて、見れるわけないだろうが」







「まだ…まだ来ないの…!」


73番は、暗がりの中で、105番を待っていた。

水の流れる音と、小さな荒い息だけが、73番の耳に入る。

あの家から別れてすぐ、問題が発生した。

このままでは、最悪の事態が発生するのは火を見るより明らかだ。

その時、カンカンカンと石で壁を叩く音が聞こえた。


「来た!」


73番は『抱えているもの』を揺らさないように、15番と小走りで走る。

走った先の光の中に、待ち望んでいた男の影が見えた。


「トーゴ!イヨが!」


「………何があった」


105番は、73番の抱えているものを見て、スッと目を細めた。


14番、彼女は右腕に酷い火傷を負っていた。

脂汗を流しながら、泣きださないように歯を食いしばり105番を見上げていた。


「ナミ姉と一緒に逃げた時にね、ヒック、燃えたなにかが落ちてきてね。イヨが私を庇って………」


105番を見て安心したのか、15番は泣きながら、何が起きたか説明を始めた。

三人が逃げ出したのは、男が105番を追いかけ始めた後の事だった。

その時にはすでにかなりの家々が燃えており、その結果、14番は火傷を負ってしまったのだった。


「………」


105番の頭の中でぐるぐる考えが回る。

火傷の治療?これはどれくらい酷い火傷だ?塔悟は火傷には段階があると言ってたが、これはどれくらいなんだ?治療はどうすればいい?清潔な水で洗って布で巻けばいいのか?切り落とせばいいのか?あるいは………

そう考えている時も、105番の心のどこかで、何かがこう囁いてくる。


ホラ、良かったじゃないか。厄介払いが出来て。

まだあの薬は残ってるんだろう?

このガキに飲ませてやって、イキながら死なせてやる方がいいだろう?

厳しい現実を忘れさせて殺してやれよ。

朝あのガキには飲ませたのに、このガキに飲ませないのは贔屓なんじゃないのか?

ホラ飲ませろ、死なせろ、救ってやれ。

どうせ『次の』ガキが来るんだ。

そいつをこの女に当てがってやればいいだろ?


ウルサイウルサイウルサイウルサイ!


その考えを一蹴し、叫びたい気持ちを押さえ、冷静に振舞う。

振舞え、塔悟のように。


「俺に、アイデアがある。『都市病院』に、あそこのボスの所に行く」


時刻はまだ4時前。


未だ、都市の内部は殺戮の宴が繰り広げられている。

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