1日目 午前④ オリジナル

「こちらに来なさい!」


「ふざけんじゃねぇよカルト共が!テメェらの所に連れてっても碌な目に遭わねぇじゃねぇか!」


外から、そんな声が聞こえてくる、

14番と15番が見ている窓の反対側、廊下側の窓から見下ろせるグラウンドからその声は響いていた。


「トーゴ…」


「ああ」


毎朝恒例の、勧誘だ。




彼ら彼女らは気が付けばそこにいた。

シャツにズボン、量販店で大量に売られているような服装をした男女の集団がそこに立っていた。


「あ…え…あ?」


「な…?」


全員ぼんやりとした表情で、周囲を見渡したり、「あ…」だの「え…」だの意味をなさない言葉を口から漏らすばかりだ。


この集団は、補充された住人だ。

都市外部の者に消費された、あるいは何らかの理由で死亡した住人は、次の開始時間までに、こうやって決まった場所から補充される。


彼らは何もしない、いいや何もできないというのが正しいか。


気が付けばそこに立っていて、自分が誰か、なんなのか、ありとあらゆる情報が頭の中で大渦となって渦巻いている。

混乱状態、としか言いようがない。

しかしただ三つ、確固たる情報が頭の中心にズンっと居座っている。

それは単純明快。



お前たちは都市の住人で、クローンだ。人間では断じてない。


お前たち都市の住人が、外部から来た人間を傷つけてはならない。


お前たち都市の住人は、外部から来た人間に消費される存在だ。



そんな折、彼らに救いの声がかかる。


「こちらに来なさい!」


この状態から救ってくれる者の声が。




「今日は色んなとこのオリジナルの使い走りが多いな…」

つまりそれだけ、昨日大勢の都市の住人が死んだということか。

はたまた他所の勢力が弱体化したところに漬け込み、己の勢力を拡大させようとしているのか。


「『救イノ手』に『獄門組』、『都市病院』…まあまあデカいところのオリジナルの組織だな」


都市の住人は基本的にクローンだ。

しかし「基本的に」というように、例外も存在する。

それがオリジナル、取り返しがつかない一点もの。


都市に収容されるものは等しく、コールドスリープさせられ、クローンが作られる。

しかし、それではバリエーションが少ないという都市外部の人間の意見が多数寄せられたのだ。

だから色々なものが作られた。

意図的に障害を持たせたもの、幼児赤子に老人、そしてオリジナルだ。

コールドスリープさせられずに、本人がそのまま都市の住人として生きている。

彼彼女は、死ねばそれで終わりだ。

クローンも作られず、都市外部の者からしたらオリジナルはある種のトロフィー扱いだ。

大抵の都市外部の人間は、オリジナルは早々に殺されて終わると思っただろう。


しかし、オリジナルはしぶとく生き抜き、この都市にまた一層深みを持たせた。


彼らはクローンと違い確固たる自我を持ち、人生を歩み、そして己の求めるものの為に行動し、クローンを束ねた。

幸か不幸か、都市外部の者からしたらそれが彼らの求めるバリエーションを生んだのだ。

105番は知っている。

口さがないオリジナルの一人が、己らクローンの都市住人を、残機と呼んでいることを。

死んでも簡単に補充が利く存在だと、考えていることを。

だから、105番は大抵のオリジナルが、嫌いなのだ。



「皆、大丈夫かな…」


73番が、連れていかれる者たちのことを見ながら、そう呟いた。


「………」


105番はそれに、答えなかった。

目覚めたての都市の住人は、自我が希薄だ。

ボンヤリとしていて、摺りこみがしやすい。


故に、この場をオリジナルたちは狙う。


連れ帰り、己の組織の従順な一員へと仕立て上げる。

「救イノ手」も「獄門会」も、碌な組織ではない。

唯一「都市病院」だけはだいぶマシではあるが、それでも命の危険があることに変わりはない。


「行くぞ、そろそろ昼食も受け取らなきゃな」


105番は73番の手に肩を置き、促す。

73番は、それに暗い顔をしながら頷いた。


73番、妙な女だ。

どうしてそこまで他人に気をかける?

オリジナルでもないのに、なぜそこまでして誰かを救おうとする?


105番は知っている、いや知ってしまっている。



どこまで他人を気にかけていても、心配しても、救っても、それが無意味、無駄に、なってしまうことなど、簡単に起こりえるということを。




4人は建物に入ったのと同じ入り口まで戻り、食器が乗ったプレートをロボットへと返却した。


『ありがとうございます。こちらが本日の昼食です』


ロボットはそう言うと、カロリーバー数本と、ペットボトルの水を渡す。

これが、都市住人の昼食だ。

都市外部から人間が来てる時にここまで来てゆっくり食べてなどいられるわけがない。

それを都市運営側も考えてか、移動しながらでも食事ができるようにこれが、朝食を食べた後に渡される。

それを受け取って105番達は、このガッコウに来るまでに通った道を引き返す。

隠れるための場所へと。




「あんちゃん…またね」


「………」


寝床へと戻った14番と15番は、暗い顔でこちらに手を振り、家の中に入っていった。

今生の別れとでも言いたげな顔で。

まあ実際、それが正しくなりうる可能性は否定しきれないが。


「トーゴ…死なないでね」


73番もそう言って、二人の後を追いかける。

痕跡が残ってないか、調べるために。


「俺も戻るか…」


105番は、己の寝床としていた家へ戻る。

誰も来ていないか、自分が気付かないうちにゴミか何かを落としていないか、それらの確認を欠かさずに。

もし、しっかり探索するような奴が来でもしたら、それだけでもこの家に何かあると踏み、余すことなく調べ上げ、容易く105番の事を見つけてしまうだろう。

故に、105番はそれを欠かさない。

彼から教えられたことを。



そして、時が来る。


『午前10時になりました。都市が開場いたします。来場者の方々、心行くまで楽しんでください』


午前10時から、午後5時まで。


悪魔たちの闊歩する時が始まる。

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