1日目 午前② 73番

向かいの家の玄関がわずかに開き、そこから一人の少女が顔を出した。

少女は105番と同じ15歳ほどの見た目に、濡れ羽色のロングヘアを上から降り注ぐ光に輝かせていた。

少女は辺りを確認し、105番以外の住人がいないのを確認すると、ニッと笑い105番の方へと走り出した。


「おはよう!トーゴ!」


「その名前で呼ぶんじゃねぇよ。俺は、105番だ」


「えー?いいじゃん?」


親し気に話しかけてくるが、105番の主観では、この少女ととくに親しくなる要因は特に思い出せないのだ。

少女の名前は73番、何故か105番の事を気に入り、こうしてなぜかつるみ続けることになった訳の分からない少女だ。


「それで、お前んとこのガキどもは無事なのか?」


「イヨもイコも無事だよ。二人ともまだ寝てる」


「ふぅん…」


まあ起きていない方が良かっただろうと105番は考えた。

起きて外の惨状でも見ようものなら、まだ6歳にも満たない子供では胃液を辺りに巻き散らかすことしかできないからだ。


「ここにいた人たちはどうやってここに来たんだろうね」


「どうせ、終了時間間際に仲間にIDが付いた装備一式渡して、誤魔化してたんだろうよ」


「それで何とかなるの?」


「知らね。でもここにいたってことは、そこら辺の抜け穴でも見つかったんだろうよ」


「じゃあ…」


「ああ。今度からもっと終了時間の後でも警戒しとけよ」


「うん。あと…」


105番と73番は、情報交換をする。

これが二人が朝一番にすることだった。

どこで何が起きたか、何があったかを、何が置かれていたかを二人の視点で話し合う。

一人一人の視点ではわからないことも、二人で話し合えば、わかることもある。

105番としては「お前の所のガキどもにちゃんと言い聞かせろよ?」という意味合いが多分に含まれているのだが。


「お…姉ちゃん。おそと…だい…じょうぶ?」


73番の後ろ、73番の寝床の家の玄関から、一人の少女が出てきた。

ツインテールに、眠たげにたれ目を擦り、こちらに近づいてくる。


「大丈夫だよ、イヨ」


73番は片膝立ちになりイヨと同じ目線に立つと、イヨの頭を優しく撫でた。


「ん…♪」


イヨは嬉しそうに目を細めている。


「じゅうよ…あーイヨ、イコはどうしてる?」


「まだ…寝てる。イビキ…掻いてる…よ」


「そろそろ起こしてあげなきゃ。朝ごはん取りに行かないといけないし」


「それじゃあ俺が、いつものやつやっといてやるよ」


「お願いね、トーゴ」


そう言うと、73番はイヨを連れ、家の中に戻っていった。


「ふう…さてと…」


105番はため息をつくと、歩き出した。

73番、奇妙な少女のことを考え。


都市の住人に名前はない。

ただ番号を与えられるだけなのだ。

しかし、73番は番号をもじり、名前にしている。

105番なら、10と5に分けトーゴ。

73番ならナミ、14番ならイヨ、15番ならイコと。


「無意味なのにな…」

73番が14番と15番を拾ってから五日が経った。

恐らく、そろそろ限界が来るだろうというのが、105番の見解だった。


ゴッゴッゴッ…


何かを頭に打ち付ける音がする。

今105番の進んでる道の先にある十字路、そこを右に曲がったところが音の発生している場所だ。


「あーらら…」


105番が首だけを出し、確認すると、7歳ほどの少年が、ブロック塀に何度も何度も頭を叩きつけていた。


「ふへ、ふひひ、怖い、怖いよ。へひ」


少年はだらだらと涎を垂らしながら、頭を叩きつける。

服はズタズタ、辛うじて服ではあったのだろうという名残だけは感じることが出来た。


―――限界だな、ありゃ。


105番は少年の元へと歩み寄った。


「オイ、坊主。何してる」


「ヒィ!?」


少年はビクゥッ!と肩を震わせ、後ろを振り返った。


「あー…なるほど」


105番は近寄り、そして少年の顔を見て、何が起きたのかを察した。


少年の目があったはずの場所に、穴があった。

そこから血の涙が流れた跡が、少年のまだ柔らかく健康的な肌に残っていた。

そして、少年からすえた様な臭いがした。


―――チッ、胸糞わりぃ…


目の前の少年は、襲われたのだ。男に。

都市外部からくる人間に、異常性愛を持つ者は多い。

その中で、ペドフィリアの類は相当数いる。

都市住人の中には2,3歳の子供もいるが、そういうことが出来るように、出来ているのだ。


そしてこの少年は、目を抉られたのだ。

犯され抉られ、少年の精神は限界を迎えた。

少年が先ほどの奴らに見つからなかった理由は、誰かの精液が付いたモノなんか食べたくなかったのだろうなというのが105番の頭にフッとよぎった。


「坊主、ホラ、手ェ出せ。ホラ」


105番は震える少年の右手を掴み、自分のズボンのポケットから小さな紙の包みを出した。

そこから、茶色の錠剤を取り出すと、少年の掌に置いた。


「こいつを飲め」


「い、いやだ…!」


少年はぶんぶんと首を振って拒絶の意を示す。


「この薬はな、お前の目を直す薬だ。それに嫌なことを忘れさせてくれる」


「………」


少年の右手が握られ、薬がそこにあるかを確認している。


「噛まずに飲め、そうすれば終わる」


「本当?」


「ああ、本当だ」


105番の胸がチクリと痛む。


『お前さんは自分が思っているよりかはマシな奴だ、だろ?』


あの人の言葉が、105番の心を責めたてる。

嘘つき、ホラお前は今一人の子供を死なせようとしているぞと。


「ありがとう、お兄ちゃん」


少年は、右手の握り拳を開きその薬を飲み込んだ。

少年は、いつ治るのかと自分の目のあたりを気にしていたが、すぐに異変が起こる。

膝がガクガクと震え、小さく笑いだしたのだ。


「へ、ヘヘ………!ハハ…!あひゃははははははははっひゃはははは!」


少年は腰砕けになり、ビクビクと体を振るわせ、笑っている。


「あひゃはははひゃふはははは!ぎもぢいいいいい!ぎもぢいいいよぉぉぉぉぉ!」


少年の下半身が痙攣し、道路に染みを作っていく。


「………すまない」


こうなったら、終いだ。


目の前の少年はもう何も考えていない、何も考えれない。

頭の中はもう快楽で焼き切れている。


「ひゃっははガボガボゴボェ!」


少年は口の端から血の泡を吹く。


「………」


105番はいたたまれず、もともとするはずだったことを始めることにした。

右に曲がった十字路を戻って直進し、いくつかの住宅の玄関のあたりを事細かに調べる。


「………あった」


一軒、玄関と道路の間の土が掘り返されている。

地雷が、埋められているのだ。

そして近くに、ステルス状態で待機しているドローンがどこかにいる。

都市外部から来る奴らが、能天気に話していたのだ。

自分たちの仕掛けた罠に嵌る奴らを撮影してくれると。


「ここは無理だな…」


105番は薬が入っていたのとは別のポケットの中から、油性ペンを取り出すと、その家の目の前の道路に小さくバッテンを書いた。

ロボットたちは、大きな破損が起きたらその個所を修理するが、この程度のイタズラ書きは見逃してくれるのだ。


家のチェックを終えた105番は、73番達のいる家へと戻っていった。


「お帰りあんちゃん!」


「おはようイコ」


73番の前に、15番が立っていた。

おかっぱ頭に活発そうな雰囲気が全身から漂った、どこか子犬のように少女だ。


「今日はどうだった?」


「ああ、一軒仕掛けられてた」


「わかった。イヨ、イコ。お姉ちゃんとの約束覚えてるよね?バッテンが書かれている家には」


「入らない!わかってるよナミ姉」


「わ…わたし…も…おぼえて、るよ…」


「うん、覚えていて偉いね。それじゃあ朝ごはんを…」


「ちょっと待て」


歩き出そうとした73番を、105番が止めた。

73番が通ろうとした道は、105番が先ほど通った道だ。


「今日は、別の道で行こう」


「別の道?それは」


73番が105番に理由を聞こうとした時、先ほどの十字路を清掃用ロボットが通るのを、73番は見逃さなかった。


「そっか…」


73番はどこか悲しげな声で、呟いた。


「イヨ、イコ。今日は別の道でいこっか」


「えー!?一番近い道で行かないの!?」


イコが不満げな声を上げる。


「ごめんね。その代わりお姉ちゃんのフルーツを分けてあげるから」


「ほんと!?やったー!」


「ほんとうだよ。それじゃあいこっか」


73番は14番と15番の手を握って、歩き出した。

その後を、105番は離れすぎないように歩いて行った。


『路上にゴミを確認。都市の清潔感を保つ………』


後ろから響く、ロボットたちの声を耳にしないようにして。

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