1日目 午前① 起床は諍いと肉の焼ける匂いと共に

「………!………!」


「………!………!」


男と女の喚く声、そして肉が焼けていく臭い。

105番の目覚ましとなったのはその2つだった。息を殺しながら、壊れかけのデジタル腕時計の液晶画面を確認するため、ゆっくりと腕を動かす。


「俺の肉だってんだろ!」


「アタシの肉だよ!」


締め切った場所で寝ていても、感覚が研ぎ澄まされた結果嫌でも105番の耳に届いてしまう。男女は恐らく、共同で狩りをしたが、ちょうど山分けにできない量を狩れてしまったのだろう。そして105番の今日の寝床の近くで揉めているのだろう。

時刻は午前六時半、ここ一か月の中で一番早い時間での狩りだった。

本来ここの住人以外がいるはずのない時間に。

――恐らくあの二人は…

105番がその二人の正体についておおよそのあたりを付けた瞬間、答え合わせの時間がやってきた。

『ID番号照合中…』


「っ!やべぇ!騒ぎすぎた!」


「早く食べなきゃ!」


『ID照合できず。IDをロストしたものと断定。尚且つ時間外での都市内での活動は認められておりません』


「うわぁ!」


「きゃあ!」


両者の悲鳴が上がったのを耳にした105番は、寝床の外を確認するため衝立をずらし、屋根裏の下、押し入れの上段に可能な限り音を立てないよう降りる。

その後、喚く二人の声が遠ざかるのを確認し、105番は室内、襖一枚隔てられただけの危険地帯に己以外の何者かがいないか、聞き耳を立てる。


「………」


誰もいない、呼吸音も床が軋む音もしない。

105番は、ゆっくりと音を立てないように、襖を開ける。

この近くに連行された二人組の仲間が隠れ潜んでいないとは限らないからだ。


「………ふぅ」


小さく息を吐き、105番は安堵した。

その後、屈みながらすぐ近くの窓へ近づき、外を確認する。

外でパチパチと火花を立てながら火が燃えている。

住宅街のど真ん中、道路の上で焚火が燃えている。


その周囲には血だまりがあった。

夥しい血の量、それがマンホールと側溝に流れ込んでゆく。

そしてその近くには、幼児の生皮が剥がされ、乱雑に隅に寄せられていた。


『奴らは俺たちを苦しめ、辱め、殺して、場合によっちゃ食ったりしやがる』


43番、今は無き彼の言葉が105番の脳裏に過る。

己を救った恩人の言葉が。


105番は胸糞悪い気分を抑え込みながら、注意深く確認する。

剥いだ皮の横に、幼児向けの服や靴、そして髪の毛の塊がある。

奴らは、食べた際の食感や調理する際に嫌な臭いがしないように、ああいったものを取り除く傾向が顕著だった。


恐らく4人、全員男児だったらしい。

靴の柄や、髪の毛の長さ、見たこともない全身スーツの5人組のプリントされた服から、そうだと105番は考えていた。


全員が男だったのなら、この家の向かいにいるだろう知り合い達は一応無事なはずだ。


『火事を検知。付近の方々は消化されるまで、安全な場所に避難をしてください』


『路上にゴミを確認。都市の清潔感を保つため、住民の方々はゴミを発見したら近くのゴミ捨て場へゴミを持ってください。燃えるごみは月水金。燃えないゴミは…』


そこかしこから四足のロボットが駆け込み、消火、血だまりの掃除、そして犠牲になった幼児たちをゴミ袋に乱雑に詰め込み始める。

あれらは都市の管理システムの末端、用途に応じて現場に派遣される代物だ。

そしてその全てにマシンガンや麻酔銃、こちらの鎮圧に使うためのものから、目的を妨害する者たちの抹殺、外部から都市に来る奴らに渡すための武器が搭載されている。

あれの目的を妨害してはならないというのは、目の前で奴らの前に糞を垂れ、血煙に変えられた男の件で嫌でも覚えている。


時間にして僅か3分、それがその場で行われたであろう殺戮の痕跡を跡形もなく消滅させるまでの時間だった。

ロボットたちは臭い消しの為の消臭スプレー(ミントとやらの香りとは以前ロボットどもが去り際に喧伝していた)を辺りに撒き散らし、去っていった。


105番はそれを確認した後、向かいの家の二階、道路に面した窓に小石を3回投げた。

カツン、カツン、カツンと窓ガラスに当たり、合図を送る。

するとあちらの窓が開き、向かいの家からも小石が3つ投げられた。

既に閉められていたこちらの窓に3度、小石が当たり小さな音を立てる。


105番は4足歩行で足音を立てないように、階段を目指す。

105番の今のねぐらは、古き日本家屋だった。

そのまま歩けばぎしぎしと音を立てるか、1階にいるものに気取られる。

故に、このような建物では105番は4足歩行で、気配を殺しながら行動をするのだ。


階段から1階、そして玄関へと移動し、玄関を開ける。

この家に鍵はない。

というよりも、この都市内部で鍵のある建物など一つたりとも存在しないのだ。

都市外部の人間が狩りをしやすいように、バリアフリーを心掛けられている、らしい。

らしいというのも、頭の中にいつの間にかある情報だから、らしいとしか言いようがないのだ。

見聞きしたことがないはずの情報が、いつの間にか頭の中にある。

その可笑しさに気づかないまま、今日も何人の住人が殺されるのだろうか。

―――ハッ!だからどうした。俺には関係ないことだろうが…

かぶりをふり、105番は家から一歩を踏み出した

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