第42話 お嫁さん VS. お婿さん
「やっぱり、私がお嫁に行くべきよ!」
「いや、僕が婿に行くべきだと思う」
お昼休みの教室にて。僕らは珍しく、意見を戦わせていた。
「まだ、結婚は先の話だし、いいんじゃないかな……」
「結婚するのは決まってるもの。今のうちに、この問題は話しあっておくべきよ」
「僕もそれは賛成。後々にしてもいいことはないしね」
この点について、僕たち二人の見解は一致していた。結婚するのがいつかはともかくとして、今更彼女と別れることは考えづらい。
「もう、結婚は二人の中では既定事項なんだね……」
呆れた様子の舞。
「こいつら、バカップルじゃなくて、バカ夫婦でいいんじゃね?」
「ちょっとだけ、羨ましいけどね」
「でも、もし、二人が学生結婚したら、私達、呼ばれるのかも?」
「披露宴では、げんなりしそう」
とクラスメイトからも、さんざんな言われそうだ。失礼な。
「仲がいいのはいいけど、ほどほどにな」
「いいんじゃないの?好きなだけ議論させとけば」
「でも、結婚するなら、現実の問題としてのしかかってくるんだよね」
「日本だと、別姓にする選択肢がないものね」
二人して、割と真剣にため息をつく。アイバーソン一家は既に日本国籍を取得している。だから、もちろん、国際結婚特有の問題はない。
「
どうにも響きがイマイチだ。
「キョウヤ・アイバーソンというのも少し微妙よ」
そして、それは彼女も同じ様子。つまるところ、姓を変える時の音の響きについてお互い少し微妙な気持ちになっているのだった。
「なんだか、夫婦別姓の議論が出てくるのもわかった気がするよ……」
考えてみれば、同じ日本人的な姓でも、名前は姓を考えた上で付ける事が多いだろう。ただでさえそうなのに、それが、英語圏的な姓と日本人的な名前、あるいはその逆になると違和感バリバリなのは当然。
「でも、仕方ないわ。法律で決まってることだもの」
彼女は、既に諦めているらしく、彼女の姓を変える方向で意思を固めている。
「そうだね。で、さ。恭弥はキョウヤってカタカナ読みしても、そこまで不自然じゃないと思うんだ。だから、僕が姓をアイバーソンに変えた方が自然だと思う」
そもそも、出会った時の影響からか、彼女が僕を「キョウヤ」と呼ぶときのイントネーションはどちらかというと英語読みに近い。
「それだったら、私も同じよ。キョウヤもアメツギも響き的には大差ないわよ」
「そうかな……」
それを彼女に言われると少し弱い。
「言葉の響き論は平行線だね。じゃあ、実際のメリット・デメリットはどう?氏名が漢字カタカナ混じりの場合、女性である君の方が変な目で見られる事が増えると思う」
「キョウヤだって同じよ!それに、漢字カタカナ混じりでも全然いいじゃない!?」
お互い一歩も譲らない。
「もう、言葉の響きじゃなくなってるよ……」
舞のツッコミはスルー。
「もう、何よ!私はキョウヤのお嫁さんになりたいのに。キョウヤは嫌なの?」
「いやいや、そんな事は言ってないよ」
なんて明後日の方向に話が逸れる始末。珍しくお互い不機嫌になったまま、午後の授業を受ける僕たち。
喧嘩はしたくないけど、この点に関しては、僕も簡単に意思を曲げたくない。とはいえ、彼女がなんでお嫁さんにこだわるのか。意見は聞いてもいいかもしれない。
そして、放課後。ホームルームが終わった途端に、お互い話を再開する構えの僕たち。
「ねえ。もうその辺にしといたら?」
「ほっとけ、ほっとけ。夫婦喧嘩は犬も食わないっていうだろ」
「だな。バカ夫婦、バカ夫婦」
などと、僕らを置いて、皆はさっさと部活に行ったり帰ったりしてしまった。
「ねえ、セシリーはなんでそんなにお嫁さんにこだわるの?」
「それは、キョウヤの方もよ。どうして、お婿さんになりたいの?」
どうやら、お互い同じことを思っていたらしい。なら、先に言うか。
「もちろん、セシリーがそう思ってくれているのは嬉しいよ。でも、お嫁さんっていうと、何か違うっていうか。君には自由で居てほしいから、あんまり束縛するような感じのが嫌なんだよ」
そう。ただ、それだけの理由。彼女を応援していくと決めたのだ。もちろん、お嫁さんがだろうがお婿さんだろうが、どっちでもいいのは承知の上。彼女を支えたい僕が、お嫁さんをもらうのは何か違う気がするのだ。
「もう。キョウヤはそんなところだけ女心がわからないんだから!私は、キョウヤに束縛されたいの。あなたのものになりたいの!」
う。「あなたのものになりたい」その台詞は心にずっしりと響く。
なんとも、男心をくすぐる台詞だ。いや、いや。駄目だろう、僕よ。
「い、いや。でも、やっぱりなんか違うっていうか……」
動揺しながらも、そんな台詞で切り返す。
「あら?キョウヤ、動揺してない?ひょっとして、「あなたのものになりたい」って台詞にグッと来た?」
素早く僕の動揺を見抜いたセシリーが嬉しそうに畳み掛けてくる。くそ、卑怯だ。
「最近まで、あんなに恥ずかしがってたのに。そんな、男を惑わす悪女みたいな台詞を……!」
そう言いつつ、彼女の誘惑に陥落しそうになっているのを感じる。
「なーんだ。キョウヤも私を独占したいんじゃないの?やっぱり、私がお嫁さんで決定ね」
なんだか珍しくドヤ顔でセシリーが勝ち誇る。しかし、大変悔しいことに、彼女を自分のモノに出来るという誘惑には抗いがたい魔力がある。
「わかった。負けたよ。君がお嫁さんでいいよ」
そうして、僕はあっさり白旗を上げることにしたのだった。
「それじゃあ、決定ね。私の旦那様♪」
あっという間にご機嫌になる彼女。悔しいけど、その笑顔は眩しくて魅力的だ。そんな笑顔が僕にだけ向けられていると思うと魅力的なのも事実。
あ、夕日が沈みかかっている。そろそろ帰らないと。いつまで議論してたんだ、僕たちは。
◇◇◇◇
「♪~~~~」
二人だけの暗い帰り道。セシリーはごきげんだ。それこそ、鼻歌でも歌い出しそうなくらい。
「ほんと、ご機嫌だね……」
「だって、私としては、昔から、キョウヤのお嫁さんになりたかったんだもの」
え?
「それ、初耳なんだけど」
「だって、恋愛ものの王道と言ったら、最後はヒロインはお嫁さんになって、ハッピーエンドじゃない?」
「フィクションと現実をごっちゃにするのはどうかと思うけど」
まったく、そんなところまで、サブカルの影響を受けなくてもいいだろうに。
「もちろん、冗談よ。でも、お婿さんって、しっくり来ないっていうのも本当」
「まあ、今でも、日本だと少数派だしね」
身の回りでも、お婿さんになったお父さんの話はそんなに聞かないし。
「それに、ウェディングドレスと言ったら、やっぱりお嫁さんじゃない?」
「やっぱり、サブカルの影響じゃないか……」
「アニメや漫画で日本語を学んだもの。仕方ないと思うの」
まあ、彼女が幸せそうならいいか。そう思ったところ。
「でも、一番は、やっぱり、あなたのものになりたいっていうのが大きいわ」
本当に、この世いっぱいの幸せを集めたような表情で言う彼女。
僕はといえば、小さなうめき声を上げるので精一杯。
でも、そんな笑顔を見て幸せになる自分が居るのも確か。
そんなこんなで、お嫁さん、お婿さん論争は幕を下ろしたのだった。
しかし、考えてみると、どっちが姓を変えるかの話だったはずなのに、お嫁さんかお婿さんかというのは、微妙に話をずらされたような……?
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