第41話 悩み相談と大事な彼女
「キョウヤ、進路調査の話を聞いてから悩んでたでしょう?」
そんな彼女の言葉を聞いて、「ああ、鋭いなあ」と感じた。
伊達に長年過ごしていない。
「実は……ね。続きは、喫茶店でしようか」
というわけで、会計を済ませて店を出る僕たち。
「何悩んでたの?キョウヤが真剣に悩むなんて珍しいわよね」
何気ない軽口。
「僕って、そんなに悩んでなさそうに見える?」
「キョウヤは割り切るのが昔から早かったわよ」
「否定できない……」
「それはいいのだけど、何考えていたの?」
真剣な瞳。真面目に話を聞く、ということか。
「別に大した話じゃないんだ。僕は将来何をやりたいのかな……って、それだけの青臭い悩みだよ」
そう。今日、セシリーと舞の進路への考えを聞いて、方向性すら定まっていないのが少し情けなく感じたのだった。だから、色々な職業をやっている様子を想像してみたりしたのだけど、どれもしっくり来ない。
「キョウヤなら何でも出来ると思うわよ?それこそ、カメラマンでも、プロのユーチューバーでも、会計のお仕事でも。ユーモアのセンスはイマイチだからお笑いには向いてないかしら」
最後にそんな冗談を入れつつ、そんな過大過ぎる評価をもらう。
「うん。ありがとう。でも、それとは別に、僕のやりたいことってよくわからないんだよね」
確かに、現状のスキルの延長線上にはそんなものもあるんだろう。でも、どうにもしっくり来ない。
「昔から、キョウヤはやりたいこと色々やってきたと思うわよ。ゲームのプレイ動画をいきなり上げてみたり、セミの羽化実験やってみたり。それに、今みたいに動画撮影するのだって。私からみると、やりたいこといっぱいあるように思えるわ」
そうか。確かに、そう見えるのかもしれない。
「それは、単にその場その場でやりたい事をやってきただけだと思うんだ。良くも悪くも飽きっぽいのかもしれない。だから、少し困っちゃってね」
将来の仕事としては、きっと、思いついたものは、どれもそこそこにはこなせそうな気はする。傍から見ると自信家だと見えるかもしれない。そんな、ぼんやりとした悩み事をこぼしてみたんだけど、セシリーはといえば、微笑んで僕をみつめているだけだった。
「別に飽きっぽい、なんてことはないと思うわよ?こうして、1年以上ユーチューバーをやっているんだし。それに……私の事をずっと想ってくれてたんだから」
少し顔を赤くしながら、そんな真っ直ぐな言葉をくれるセシリー。
「ま、まあ、君のことはね。将来やりたいこととは別だし……」
少し、照れる。単に愛を囁くのとは違う、そんな言葉だったから。
「それに!私からみると、キョウヤは飽きっぽいんじゃなくて、やりたい事や出来る事が多すぎて悩んでるように見えるわ」
その言葉にはっとなる。ああ、そうか。言われてみると、動画を作ることは楽しいし、子どもの頃に実験をするのも楽しかった。ゲームの最短時間クリアだって、頭を使うのが楽しかった。
「やりたいことが多すぎる……か。盲点だったよ。確かにそうかも」
確かに、何もやりたいことがないわけではなくて、むしろその反対だった。それも、既に個人事業主として色々やっていることも関係しているのかもしれない。
「でも、自分のことなのに、気が付かなかったよ。ありがとう」
些細な悩みだけど、少し方向性は見えた気がする。
「どういたしまして。キョウヤが暗い顔してるのなんて似合わないから、良かったわ」
「そうかなあ。どっちかというと、セシリーの方だと思うんだけど」
もちろん、そうじゃない面も知っている。けど、僕の側で笑ってたり、恥ずかしがってたりする彼女を見るのが好きだ。今は、あんまり恥ずかしがらなくなっちゃったけど。
「キョウヤのおかげよ。一緒にいるだけで、私はすっごく幸せなんだから!」
「それは僕もだよ。一緒にいるだけで、いつも元気をもらってる」
向かい合いながら、そんな赤面ものの台詞を吐いている僕たち。
「あー、熱々よね、あのカップル」
「俺の若い頃思い出すなあ」
「さすがに……喫茶店の中でやらないで欲しいなあ」
周りから聞こえてくるヒソヒソ声。
最後の苦情はグサっと刺さった。
「出ようか。ちょっと店に迷惑だった」
「そうね……」
お互い少し反省した僕たち。
帰りの電車の中。
「あの、さ。セシリー」
地下鉄の、隣り合った席で、少し小声で話す。
「どうしたの?」
きょとんとした表情で僕を見つめる彼女。さっきの言葉のせいか、何故かいつもより彼女が愛らしく……いや、違うな、愛しく思えてくる。で、大変自分でも恥ずかしい話なのだけど、彼女にアレコレしたい気持ちが湧いてきている。
もちろん、言って駄目なことはないんだけど、悩みを聞いてもらった後に、言うのはどうなのかと少し自問自答する。
「ああ、その。やっぱ、いいや」
葛藤した結果、自制することにした。そういうのは、また機会を改めればいい。うん。
「ひょっとして、したくなってたり、する、のかしら」
何やら、凄く恥ずかしそうにして、顔から湯気が出るんじゃないかという状態で、僕の下半身を差すセシリー。その先を見ると……あ。ズボンがテントを張っていた。
「べ、別に、いつもよりセシリーが愛しいなあと思ってたら、こうなっちゃっただけで。気にしないでいいからね?」
なんで、こんな言い訳をしているんだろうか、僕は。
「私は、別に、全然、オーケーよ?ていうか、そんな事言われたら、私もちょっとムラムラしてきちゃった」
そんなガツンと来るような台詞を言わないで欲しい。
「じゃあ、僕の部屋、寄ってく?」
「うん」
こうして、いつもと少し違うムードで、家に帰宅した僕たち。母さんや父さんにただいまを言った後、部屋のベッドで隣り合う僕たち。
「な、なんかさ。初めての時みたいな感じがするよ」
顔を直視しづらいところとか。
「私も。こんな感じでキョウヤに求められるの、珍しいから……」
僕の緊張が伝染したのか、セシリーも少しぎこちなさそうだ。
「んっ」
ふと、彼女からキスをされる。舌も入ってきて、頭が茹だるような気持ちだ。
「そ、それじゃ、脱がすね」
さすがに、ぎこちなくなりながらも、身体がおぼえているのか、慣れた手つきで脱がしている僕。
そして、いつもと違う空気の中で、お互いを求めあったのだった。
◇◇◇◇
「そういえば。父さんたちに、声、聞こえてないよね?」
いつもより無我夢中だったので、ふと、そんな事を心配してしまう。
「ど、どうかしら。私も、声、抑えてなかったし……」
「あー、まあ、聞こえてたら、あきらめよっか」
そもそも、彼女を家に連れ込んでいる時点で父さんたちもある程度はわかっているだろう。
「でも、お母様に聞こえてたらと思うと、色々……」
母さんと仲が良いセシリーとしては、色々あるらしい。
「そ、それはともかく。将来のやりたいことでちょっと思ったことがあるんだ」
行為を終えて、幸せそうな彼女を見ていて、ふと、思いついたこと。
「もう、答え、決まったの?」
早すぎるんじゃない?という目で見つめられる。
「いや、方向性の話かな。どういう仕事をするにせよ、君を支えられるのがいいなって。やりたいことはいっぱいあるから、君のやりたいことに付き添いたい」
言ってて、少し受け身じゃないかと思うけど、やりたいことがいっぱいあって、その中の一つに彼女を支えたいということがあるのも間違いない。
「なんだかそれ、キョウヤがお嫁さんみたいよ」
笑いをかみこらえた感じで、セシリーに指摘される。
「そういう言葉が出てくるあたり、君もすっかり日本に染まってるよね」
おそらく、今のイギリスだとあまり見られない価値観じゃないだろうか。いや、日本でもだいぶ廃れてるとは思うけど。
「当然よ。私は立派な日本人なんだから!」
えっへんと胸を張るセシリー。思いっきり見えちゃうから、少しは隠して欲しい。
「じゃあ、僕が君のお嫁さんになるって事で、ここは一つどうかな?」
ちょっとネタっぽい事を言って締めにかかる。
「ええー!?キョウヤが女の子になったら、私困っちゃうわよ」
そこに来るセシリーのツッコミ。
その後も、帰る時間になるまで、賑やかに話を続けたのだった。
なお、部屋から出てきたら、
「仲がいいのはいいが、声は抑えろ、な?」
という父さんの苦言と。
「
なんて、ユーモアたっぷりのからかいを見せる母さんに挟まれていたたまれない気持ちになったのだった。合掌。
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