第40話 冷やし中華、はじめました

 いつものように授業が淡々と進み放課後。


「ねえねえ、この店なんかどうかしら?」


 スマホを僕の前に押し付けてくるセシリー。


「この店?」


 一瞬、何の事を言っているのかわからなかった。


「朝、今日は冷やし中華行くって約束したじゃない?」


 あ、そうか。あれから考え事をしていてすっぽ抜けていた。


「ごめんごめん。で、揚子江会館ようすこうかいかんか」


 神保町方面にある老舗中華料理店らしい。写真を見ると、浅くて大きいお皿に、チャーシュー、キュウリ、たけのこ、錦糸卵、寒天、エビ、シイタケ、といったバラエティ豊かな具が彩りよく盛り付けられていて、食欲をそそる。


「うん。いいんじゃないかな。美味しそう。神保町だと、半蔵門線に乗り換えて、30分くらいかな」


 おおざっぱにかかる時間を頭の中で計算する。


「そういえば、舞もどうかしら?」


 既に帰り支度をしていた舞が、?と言った顔で振り返る。


「今日、冷やし中華行こうって話してたのよ。それで、神保町に美味しそうなお店があるんだけど、どう?」


「ちょっと今日は暑さでだれてるから……。また、今度、誘って?」


 少し元気がなさそうな声で言う彼女。


「夏バテ?これからもっと暑くなってくるし、気をつけてね」


「うん。帰ったら、クーラーがんがんに効かせた部屋でだらけるー」


 そう言いながら、舞は帰って行った。


「そういえば、舞は毎年夏バテしてたっけ」


 そんなことを今更思い出す。


「キョウヤも毎年だったわよね」


 そう。僕も舞も暑さには強くないので、毎年、夏はあんまり外に出ない方だった。


「まあ、今日は冷やし中華があるからね」


 とちょっと冗談めかして言ってみる。


「私はデートのつもりなのだけど?」

 

 ふくれっ面をするセシリー。


「冗談、冗談。それじゃ、行こうか」


 そう言って、手をつないで教室を出た僕ら。

 可愛い彼女のためだ。ちょっと暑くてしんどいくらいなんてことない。


「キョウヤはそういうところ、優しいわよね」


 その仕草に何を思ったのだろうか。

 たかがそのくらいで褒められるのは少しくすぐったい。

 将来の事で思い悩んでいた心が少し軽くなる。


◇◇◇◇


「へえ。これが揚子江会館か。老舗らしいけど、結構綺麗だね」

 

 神保町駅を出て、すぐ近くにその店はあった。

 ビルに縦に「揚子江会館」と書かれている。 


「さすがに、改装されたんじゃないかしら」


 まあ、それもそうか。


 入店すると、そこは少し小洒落た、白を基調とした内装だ。

 少し高級感もある。


「色々メニューはあるけど……」

 

 視線を送ってみる。


「もっちろん。冷やし中華一択よ!」


 元気の良い声に、暑さでバテ気味の僕も元気をもらった気分になる。


「すいませんー。五色涼拌麺をごもくひやしそば二つお願いします」


 店員さんを呼んで注文する。

 そう。ここは、冷やし中華発祥の店と言われている。

 

「すごいよね。冷やし中華なんて、今は普通になってるのをここが始めたなんて」


 店内は普通の中華料理店だけど、そこには色々な歴史があるんだろう。


「冷やし中華もRamen Walkersで扱ってみたいわね。このお店は、ちょっとハードルが高そうだけど……」


 その気持ちは僕にもわかる。

 やや高級感のあるこのお店は、ちょっと僕らが扱うには不釣り合いな気がした。

 

 しばらくして、お待ちかねの、冷やし中華が運ばれてきた。


「わあ……!」


 セシリーが感嘆の声をあげる。


「ああ。綺麗な盛り付けだね……」


 さすがに、ネットの写真よりは見栄えはようなかったものの、シイタケ、錦糸卵、キュウリ、エビ、などなどが彩りよく盛り付けられている。これなら、夏バテにも効きそうだ。


 揃っていただきますをして、まずは錦糸卵と一緒に麺を一口。


「うん。美味しいわ!でも、酸っぱいより甘い感じがして、ちょっと意外だわ……」


 舌鼓を打ちつつも、意外な味にセシリーは少し戸惑い気味。


「だよね。僕も、もうちょっと冷やし中華って酸っぱいものだと思ってた」


 甘くてやや濃厚なタレは、僕らが日頃慣れ親しんで来た冷やし中華と少し違って新鮮だ。


「まあ、美味しいんだけど」


 外が暑かったせいもあって、食が進むこと進むこと。

 そして、10分もしない内に冷やし中華を平らげてしまった。


「うーん。美味しかったね!」


 元祖冷やし中華も味わえたし、美味しかったし大満足だ。


「私も。あ、晩ごはん要らないって言っておかなきゃ!」


「はは。確かに」


 時刻は16:30。いささか中途半端な時間だ。


「そろそろ、帰ろっか」


 そう、いつものように声をかけたのだけど、セシリーは何やら思案している様子。


「キョウヤ。ちょっとお茶していかない?」


「うん?別にいいけど。どうしたの、急に」


 もちろん、彼女とお茶する時間は楽しい。

 でも、嬉しそうというより、少し真剣そうな顔なのが気にかかる。

 だから、なんとなく理由を尋ねてみた。すると、


「キョウヤ、進路調査の話を聞いてから悩んでたでしょう?」


 そんな、鋭い答えが返って来たのだった。

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