終章 ラーメンが好きなだけの僕たち

第39話 将来の夢

 時期は7月上旬。隣にセシリーがいる、いつもの登校風景。

 既に、朝の気温もかなり高くなっている。

 登下校の時はとても暑くて暑くて仕方がない。


「だいぶ暑くなって来たね、セシリー」


 そう、なんとなく話を振ってみる。


「うん。暑いわね……。これは私も、ちょっと参るわ」


 僕よりは暑さに強いセシリーもどこかぐったりだ。


「あ、そうだわ!」


 と、何やらひらめいた様子のセシリー。


「なんだい?」


「冷やし中華、行ってみない?丁度いいと思うのよ!」


「それ、いいかもね」


 冷やし中華が狭い意味でのラーメンに含まれるのかはわからないけど、そういうのも悪くない。


「よし!じゃあ、近くで冷やし中華が美味しい店、調べてみるわ!」


 目を輝かせて、スマホで検索を始める彼女。


「ラーメンのことになると、急に元気になるんだから……」


 そういいながらも、僕も元気が出てきた気がする。

 そんな、暑い日の登校風景。


◇◇◇◇


「今日は、進路希望調査票を提出してもらう」


 朝のホームルームでの、担任先生の説明。

 進学か就職か。

 就職の場合は、就職先の方向性についても記入して欲しいとのことだった。


「とりあえずは、進学一択だよね」


 お昼休み。いつものように集まった僕たち三人で雑談する。


「うん。就職!なんて言っても、親から「どうしたの?」って言われそうだし」


 うんうんと同意する舞。


「私も、まずは大学に進学の予定だけど……。でも、なんで、進学するに決まってるって感じなのかしら?」


 その話でいうと、新卒云々の話になりそうだ。でも。


「セシリーは小学校の途中まで、イギリスだったし。ちょっと違うのかもね」


 日本人よりも日本人らしい彼女。でも、

 将来は大学に行って就職するというイメージがあんまりないのかもしれない。


「新卒という日本の制度もわかってるつもりだし、そのためには大学行っておいた方がいいというのはわかるの。でも、たとえば、家の職業を継ぐ人まで大学に行く必要があるのかしら」

 

 イギリスにルーツを持つ彼女ならではの視点かもしれない。


「セシリーちゃんのいいたいことはよくわかるよ。でも、そう決まっていたとしても、やっぱり、大学を出ておいた方がいいイメージがあるよ」


「僕も、舞の意見に賛成だよ。でも、家業を継ぐ人まで、となると、そもそも考えたことがなかったよ。ところで、それって、ジョゼフさんのお店を継ぐことを考えてのこと?」


 僕の家庭も、舞の家庭も、広い意味では親はサラリーマンだ。

 ジョゼフさんみたいに、独立してお店をやっている人とは違う。

 そう思って聞いたのだけど―


「私は、別にパパのお店を継ぐつもりはないわよ?」


 予想外にさっぱりとした返事。


「なんだか、すっごく意外。セシリーちゃんってジョゼフさんの事大好きだから、ラーメン屋さんを継ぐんだと思ってた」


 ああ、そうか。舞は彼女の将来の夢を知らないんだった。


「パパのことは好きだけど、それとこれとは話が別よ。それに、私は、将来は、ラーメン伝道師になろうって決めてるの!」


 ラーメン伝道師?また、奇抜な言葉が出てきた。


「ライターになって、ラーメンの良さを広めるんじゃなかったっけ?」


 確か、前にそう聞いた気がするけど。


「あの後、考えてみたのだけど、ライター以外でもラーメンの良さを広める道は色々あると思うの。たとえば、極端だけど、広告や宣伝という道もあると思うわ」


 なるほど。言われてみればそうかもしれない。


「だから、ラーメン伝道師、か。言い得て妙だね」


 少し面白くて、笑ってしまった。


「な、なによう。笑わないでもいいじゃない?」


 少し不機嫌そうになるセシリー。


「いや、そうじゃなくて。ラーメンを広めるといっても、セシリーは視野が広いんだなって思っただけ」


 僕は、ラーメン屋をするか、ラーメンに関する本を書くくらいしか考えたことがなかった。


「そうそう、私も、最近、将来の職業について、考えることがあるんだ。たとえば、通訳とか出来ないかなって少し思ってるんだけど……」


 少し自信がなさそうに言う舞。


「いいんじゃない?通訳。舞にピッタリだと思う」


 ここ数ヶ月で、ガンガン英語力を上げた舞。

 Ramen Walkersでも、以前より英語を駆使した表現を使えるようになっている。

 そんな彼女が、言葉の橋渡しに興味を持つのは自然に思えた。


「そ、そっか。ありがと。キョウ君は?何か、将来の夢、あるの?」


 照れくさそうな舞に問われて、虚を突かれた気分になる。

 将来の夢、か。

 今のスキルを応用するなら、それこそ、舞と同じように、英語スキルを活用する道もありそうだと思うし、動画作成に携わる仕事もいいかもしれない。


「うーん。色々、考えたことはあるんだけど、未定、かな。大学に入ってから決めればいいと思ってる」


 二人に対して道が定まっていない事に、少し複雑な気持ちはある。

 

「いいんじゃないかしら。私だって、ラーメン伝道師なんて、ありもしない職業を言ってみてるだけだわ」


「私も、なんとなく通訳やってみたいって思ってるだけだしねー」


 二人の言うこともわかる。ただ、大まかな方向性すら定まっていないのは、少し情けなさを感じる。


(僕は、何をやりたいんだろう)


 そんな事を考える。


 そして、ふと、視線に気づくと、セシリーが僕をじいっと見つめていた。

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