第38話 「宿題」の答え

 二人でたっぷりカラオケで遊んで家に帰った夜のこと。

 僕は、以前にセシリーから出された「宿題」の事を考えていた。

 思えば高校1年生のある日。

 「その日になったら付き合う」事が決まっていたかのようだった。

 そして、それが小学校4年生の時の約束に起因しているという。

 そこまで考えて、その頃のセシリーに僕が感じていた「危うさ」を思い出した。


◆◆◆◆


 小学校4年生に上がっても、セシリーは僕にべったりだった。

 クラスメートと会話の時だけじゃない。

 友達と遊ぶ時も。家で二人で遊ぶ時も。

 学校に行く時も、帰る時も。


「キョウヤ、いっしょにかえりましょ?」

「キョウヤ、いっしょにあそびましょう?」

「キョウヤ、いっしょにがっこういきましょ?」


 僕の事を特別に慕ってくれる彼女のことに好意を抱いていた僕。

 同時に少しその関係に歪なものを感じていたけど。


 そんなある日のこと。僕はセシリーから、「こくはく」されたのだった。

 家で二人で遊んでいる時のこと。季節は確か春だった。


「キョウヤ。これから話したいことがあるのだけど」


 二人でTVゲームに興じている時のことだった。

 ひどく落ち着かない様子だった。

 セシリーが意を決して何かを切り出そうとしていたのを感じた。


「セシリー、どうしたの?何か話したいことでもあるの?」


 その頃になると、少しずつ漢字も習得し始めていた彼女。

 だいぶ会話でのぎこちなさはなくなっていた。


「キョウヤは……わたしのこと、どう思う、かしら」


 その問いにまず浮かんだのは、可愛くて僕を慕ってくれる彼女への好意だった。

 一生懸命に日本語を学んでいる彼女への応援の気持ちも。


「好き、だよ。セシリーのことは。初めて会ったときから」


 だから、それは正直な僕からの言葉だった。

 その返事に確信を得たのか、彼女は1つの提案をしてきた。


「私もキョウヤの事がすきなの。「こいびと」に……なれないかしら?」


 その当時の僕はもセシリーも男女交際の意味を理解していなかった。

 ただ、彼女と「ずっと一緒にいる約束」だと漠然と理解していたけど。


「嬉しいよ。君の言葉は。でも、僕は不安があるんだ」


 だから、その不安を正直に打ち明けたのだった。


「ふあん?何が、ふあんなの?」


 途端、彼女が悲しそうになる。


「君はいつも僕にべったりだろ。それは嬉しいんだけど、僕以外の人ともっと仲良くして欲しいんだ。いつでも僕が居るわけじゃないんだから」


 突き放すような言い方。でも、好意があるのと、それとは別の問題だった。


「だって……。キョウヤ以外の人と仲良くなるの、怖いもの」


 幼いセシリーは正直に答える。そうか。怖かったのか。なら。


「ごめん。僕は、「こいびと」になれない」


 僕は、彼女からの告白を断ったのだった。


「なんで?私は、キョウヤの事、こんなに好きなのに!」


 泣きそうになりながら抗弁するセシリー。心が凄く痛かった。

 でも、僕以外が怖いから、なんて間違っている気がしたんだ。


「僕も好きだよ。でも、セシリーは他の人とも仲良くなった方がいいと思うんだ」


 前々から感じていたこと。少し偉そうだったけど。


「でも、それでも、キョウヤの事は好きなままよ……!」


 それとこれとは別だというセシリーの主張。

 僕も彼女が人見知りを克服できた暁には、という思いはあった。だから、


「こうしない?僕らが、高校生の今日になっても、そして、僕以外の人と仲良くなっても、君の気持ちが変わってなかったら。改めて、本当の「こいびと」にならない?」


 そんな提案をしたのだった。どうしても、僕にただべったりな彼女と「こいびと」つまり、「ずっと一緒にいる約束」をするのは違う気がしたのだ。


「キョウヤは、もし本当にそうだったら、「こいびと」になってくれる?」


 泣き顔になりながらも、それでも気丈にそう問いかけてきた彼女。


「うん。約束。そうしたら、「こいびと」になろう」


 そうして、小学校4年生の春。僕たちは、6年越しの約束を結んだのだった。


◇◇◇◇


「これって、僕がすっごくまずかったんじゃ……」


 会ったばかりの何気ない約束だったならともかく。

 幼稚園の時の「けっこんのやくそく」のようなものならともかく。

 人見知りが克服できて、彼女の気持ちが変わらなければ。

 恋人になりたいとはっきり言っていたじゃないか。


「よく、セシリーは「もやもやする」程度で許してくれたな」


 人見知りを克服して、それでいて、真っ直ぐな感情を向けてきたセシリー。

 僕はその裏にあった真剣な約束を忘れて、のんきに接していたのだ。


 そんな大事な日のことを忘れて、なし崩しに付き合ったのは納得行かないだろう。


「忘れてたこと、もっと責めてくれても良かったのに」


 彼女の気持ちを慮るなら、付き合えた嬉しさの方が遥かに大きかったんだろう。

 付き合ってから今日までの、楽しそうな気持ちは本心だったと思うし。

 さっきカラオケをしていた時だって、彼女はただ楽しそうだった。


「それで、「宿題」だったのかな」


 今が幸せだから、忘れてるなら、それでもいいけど。

 できれば思い出して欲しいと。


「明日……いや、今日謝ろう」


 思い立つや否や、僕はセシリーのスマホに電話をかける。


 ぷるるる。ぷるるる。


「もしもし、キョウヤ。夜遅くにどうしたの?」


 屈託のない声。それもそうだろう。

 「宿題」を出されてからだいぶ経ってるし、忘れていたのかも。


「あのさ、さっき、以前言われてた「宿題」の答え思い出したんだ」


 許してくれるだろうと予想しながらも、それでも、すまない思いを感じる。


「……ようやく、思い出してくれたのね」


 そして、スマホ越しに聞こえてくるのは、嬉しさを含んだ声だった。


「あれは確かに重大な約束だったよ。ほんとに忘れててごめん」


 まず、素直に忘れていた事を謝る。相手がセシリーだから良かったようなものの、普通なら激怒して、しばらく口を利いてくれなくなってもおかしくない事だった。


「ほんとにね。それでいて、忘れたまま、私のデートに付き合ってくれたんだもの」


 呆れているような、そんな声。


「それはほんと悪かった。ごめん」


 もう、これは平謝り案件だ。


「その上、キスまでしてくれちゃったし。あれ、すっごく嬉しかったのに」


 そんな事をいいつつ、嬉しそうなのは、何故だろう。


「ま、まあ。僕もずっと君の事が好きだったのは、本音だったし」


 よくわからないけど、両想いだと躊躇なく、キスしてしまったのを思い出す。


「でも、こうして聞いて思うのだけど。そんなに私、気にしてないのよ?」


 セシリーが意外なことを言う。


「普通、あんな重大な約束をしたら気にするんじゃないの?」


 もちろん、機嫌損ねられたら、当時の僕は困惑してただろうけど。


「だって、約束はどうあっても、ずっとキョウヤは私のこと好きでいてくれたもの」


 その真っ直ぐな言葉は、混じりっけなしの本音のように思えた。


「それに、約束を心の支えに私が人見知りを克服しようとしたのもだけど。ある意味、私に変わるきっかけをくれたとも言えるの」


 ああ、そうか。僕に感謝しているといったのは、


「昔と君は変わった、と思っていたけど、その約束も関係してたんだね」


 あの件とこれは別だと思っていたけど、つながっていたのか。


「そうよ。とにかく。思い出してくれたのは、嬉しかったわ」


 電話越しに聞こえるのは柔らかな声。


「1年前に、僕が「?」って態度取っていたら、結果は変わっていたかもね」


 僕が好きでいてくれれば良いと思っていた彼女だったから、良かったものの。


「そうね。本当に運命はわからないものだわ」


 その言葉には、僕もとても同意する。


「それじゃ、おやすみ。よ、セシリー」


 改めて、こんな僕と恋人で居てくれる彼女への愛情が湧き上がってきた。

 だから、いつもと違う「愛している」という言葉を使ってみる。


「うん。私も、、キョウヤ。おやすみなさい」


 そして、彼女からも同じ言葉が返ってくる。

 関係は大きくは変わらないけど。

 胸につっかえていた小骨が取れたような気分だった。


✰✰✰✰あとがき✰✰✰✰

6章では、セシリーの過去と今の関係に焦点を当ててみました。

最初からさんざん引っ張ってきた話のオチを描けてほっと一息です。

次かその次の章で、少々寂しいですが、このお話は終了の予定です。

最後までお付き合いいただければ幸いです。


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