第37話 牡蠣ラーメン再び

 時は流れて放課後。今日は、Ramen Walkersの取材のために、以前に牡蠣かきラーメンを食べた麺屋余市めんやよいちに行く所だ。


「牡蠣ラーメンかー。楽しみー」


 そう言う舞は、初めて食べる牡蠣ラーメンが楽しみらしい。


「今日は、違うの頼もうかしら」


「でも、他にはトッピングを足したのしか無かったんじゃないかな」


 前に券売機を確認したところ、卵などのトッピングを増やしたバリエーションはあった気がするけど、ラーメンは一種類だったはず。


「そう、少し残念ね」


「まあ、美味しいのは確かだからさ」


 少しがっかりした様子のセシリーを宥める。


 そうこうしている内に、目的地の麺屋余市に到着。


雨次あめつぎさんとセシリアさんたちですね。お待ちしてました」


 店の前で到着の旨を告げると、店長さんが丁寧な物腰で応対してきた。こういう時に、親しみを込めて最初からタメで来る人と、この人みたいに丁寧な言葉遣いで来る人に分かれる。


 ここからは僕はカメラ係だ。


「さて、はじめましての方ははじめまして。そうじゃない方はこんにちは。今日はセシリア・アイバーソンとアシスタントの彼、それに私の親友の舞がお送りします。あ、舞は前回限りのゲストの予定だったんですが、私からお願いして加わってもらうことになりました。これからはこの3人で行きますので、よろしくお願いします!」


 セシリーはいつも通りの元気な声でいつも通りの挨拶を。舞からのお願いというより、こちらからのお願いということにした方がいいだろうという判断は適切だと思う。


「し、新庄舞です。セシリーちゃんに比べると、色々慣れていませんが、よろしくお願いします」


 舞は少し緊張した様子で挨拶をするけど、実質的にこれが初めてなのだから、緊張した様子も含めて味だと思う。


「さて、今日は、一風変わった牡蠣をベースにしたラーメンを売りにした麺屋余市めんやよいちさんにお邪魔させていただくことになりました。以前にお邪魔した事があるんですが、本当に絶品でしたよ!」


 そう言いながら、堂々と店内に入るセシリーと続く舞。


 セシリーが慣れた様子で券売機の前に立とうとしたところで、


「今日は、新製品の牡蠣つけ麺を用意したんですが、試食しませんか?」


 との店長さんからの申し出。

 アポを取ったときはそんな話はなかったと思うけど、店長さんの思いつきか。


 どうする、とセシリーが視線で尋ねてくる。

 つけ麺は予定外だったけど、そのくらいの方が面白いかも知れない。

 うなずき返す。


「では、私は牡蠣つけ麺でお願いします。舞は初めてだから、普通のをお願い」


 と言いつつ、セシリーが何やら舞にウインクを送っている。


「うん。わ、わかった」


 うなずく舞。

 2人とも同じのを頼むより、こっちの方が感想にバリエーションが出ていいだろうという判断だろうか。

 いずれにしてもナイスだ。


「あー。牡蠣のいい匂いがするー。セシリーちゃんたちは、前に来たんだよね」


 すんすんとカウンター席で鼻を鳴らす舞。


「そうよ。ここのは、すっごく美味しいんだから」


 そして、笑顔で返すセシリー。


 貸し切りにしてもらっているので、店内には僕たちだけ。

 セシリーが頼んだ『余市特製牡蠣つけ麺』に加えて、舞が頼んだ『余市特製牡蠣ラーメン』が数分で運ばれてくる。時刻は16:00頃。

 僕も少しお腹が空いて来る。取材が終わるまでだ。我慢、我慢。


「んん?つけ麺の方はスープがかなり濃い感じですね。ラーメンの方より、牡蠣のエキスが濃縮されているんでしょうか?これは味が楽しみになってきました」


 濃いつけ麺のスープを前に、軽く考察を加えるセシリー。確かに、つけ麺は麺をつけるだけに、普通のラーメンよりスープが濃い目の傾向がある。


「そう聞くと、そっちの方を食べたくなっちゃうよ。こっちのも美味しそうだけど……」


 羨ましそうにセシリーのつけ麺をみやる舞。自然な反応というところで、これはこれでいい。


「それでは、いただきます」

「いただきます」


 二人揃って、手を合わせて食前の挨拶を済ませて、箸をつける。


『Cecily, Mai. How is the taste? Do you love it?』


(どうだい、セシリー、舞。お味は?好みに合うかい?)


 いつものように英語で問いかける。


「すっごい濃厚な牡蠣の味と香りがします。これは、牡蠣ラーメンの時以上に旨味が凝縮されてます。まさに至福の味ですねー」


 ずるずると麺をすすりながら、うっとりした顔をするセシリー。


「うん。美味しい!ほんとに、牡蠣がそのまんまスープに入ってる感じ。もっと、牡蠣風味って感じかと思ってたよー。はー。幸せ―」


 舞も大好きな牡蠣の味がそのまま溶け込んだスープの味に大満足なようだ。


「店長さん。このつけ麺はメニューに加えないんですか?」


 確かに、試食品と言っていたっけ。


「ちょっと牡蠣の風味が濃すぎますからね。迷っているんですよ」


 店長さんは穏やかな笑顔を浮かべながら答える。


「私は、これだけよく出来てれば、大丈夫だと思うんですけど……」


 高いクオリティのつけ麺だけに、商品として出すのに慎重な気持ちがわからないのだろう。でも、牡蠣の風味は好みが分かれるところがある。濃すぎると、それを嫌うかもしれないと二の足を踏む気持ちもわからなくもない。


 そして、数分でつけ麺とラーメンを完食したセシリーたち。さて、そろそろレビューをしてもらう頃合いか。そう思っていたところ。


『Hey, Cecily-chan. How do you rate this tsukemen?』


(セシリーちゃん。このつけ麺は何点?)


 僕が言おうと思っていた台詞を舞がセシリーに向けて投げかけた。

 その言葉に、一瞬目を丸くしたセシリーだったけど。


「10点満点中……10点です!私が食べたのは試作品のつけ麺ですから、ちょっと反則かもしれませんが。店長さん、是非、商品化してくださいね?」


 ニッコリと店長さんにお願いするセシリーはすっかり様になっている。


「お約束はできませんが、努力させていただきます」


「私も10点かな。牡蠣が好きな人だったら、大満足間違いなし!」


 舞も満足したようだ。


「というわけで、今日は麺屋余市さんにお邪魔してみました。麺屋余市さんでは、ラーメンだけじゃなくて、牡蠣ご飯や焼き牡蠣も単品で出していますから、牡蠣好きな皆さんに大変オススメですよ」


 前回行って満足したのだから、多少営業トークのような色はあるけど、まあ許容範囲内だろう。そして、最後はといえば。


『See you next time, everyone!』

(それでは、皆さん、また次の機会に!)


 セシリーの締めの言葉に続けて、


『See you next!』


 と慌てて言う舞。無理に言わなくてもいいのに。

 でも、そんなところも微笑ましい。


◇◇◇◇


 それから、僕も特製牡蠣ラーメンを食べて、店長さんとしばし談笑した後に店を出た。店を出るともう17:00だ。西日が照りつけて少し眩しい。


「んー。すっごい満足!ほんとに美味しかったね」


「つけ麺は嬉しい誤算だったわね。スープ割もまた飲みたくなったわ」


 セシリーは、取材の後、つけ麺の定番であるスープ割を頼んでいたのだけど、ごくごくと美味しそうに飲んでいたのが印象的だった。


「スープ割とか、セシリーちゃん、ほんと通だよね」

 

 そこまで満喫した彼女に舞は少し呆れ顔。

 一方、セシリーは、


「ふふん。これでも、ラーメン屋の娘なんだから」


 と少し得意気だ。


「そういえば、私、アドリブで英語入れてみたけど、どうだった?」


 少し、不安そうに感想を求めてくる舞。


「ちょっと発音がぎこちない感じだったけど。僕がカメラ視点から言うより、新鮮で良かったと思うよ」


「そっかー、良かった。でも、発音はまだまだだね」


「それくらい練習すればすぐよ。今度、みっちり発音練習につきあってあげる!」


「ネイティブのセシリーちゃんにみっちりって……。覚悟しとくよ」


 わいわいとしゃべりながら、家の最寄り駅まで着いた僕たち。そこで、


「今日は用事があるから、ここで。後は二人でいちゃいちゃしてね」


 と、笑顔で去ろうとする。


「いや、遠慮しなくていいって話になったと思うんだけど……」


 解決していたと思ったけど、まだ気にしていたのか。

 そう思って呼び止めたのだけど。


「今日は遠慮じゃないよ。三人で楽しい時間が過ごせたから、後は二人きりで楽しんで欲しいっていう、私なりのお願い」


 そう言う彼女に二の句が告げなくなる。


「それじゃー、またあしたね―」


 と言って去っていく舞。そして、取り残される僕たち。


「遠慮しなくなったのはいいんだけど……」


 僕たちは少し苦笑い。


「元々、直帰するつもりだったのよね、私達」


 セシリーも少し困った顔。そう。夕ご飯こそ、今日は必要ないという連絡はしてあるけど、平日夜だし、お互い家に帰るつもりだったのだ。


「せっかくの心遣いを無駄にするのもなんだし。もうちょっと遊んでく?」


 視線をセシリーに向ける。


「それなら、久しぶりにカラオケなんてどうかしら」


 彼女も僕に向かって視線を向けてくる。


「よし。じゃあ、2時間コースで行こうか」


 そうして、舞の気遣いに甘えて、僕たちは久しぶりに二人でカラオケを楽しんだのだった。


 こんな日もたまにはいい。


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