第34話 三人で仲良く

「セシリーちゃん、おはよー」


 教室に二人で入ると、早速、まいが元気よく声をかけてきた。


「おはよう、舞。そうそう、聞いてよー」

「うん、何かあったの?」

「今日は私と出会った日だったのに、キョウヤったら、覚えてなかったのよ!」

「その話はもう終わったんじゃなかったっけ」


 横からツッコミを入れる。


「仕方ないのはわかるけど、モヤモヤするの!理屈じゃないのよ」

「そう言われると返す言葉もないけどね」


 本気で怒っているわけじゃなくて、話の種にというところだろう。でも、この情勢だときっと-


「えー!?それは良くないよ、キョウ君」


 やっぱり、舞はセシリーの味方をするよね。


「もう8年くらい前の話だよ。覚えてる方が特殊だって」

「私はキョウ君と出会った日の事、覚えてるけどなー」


 何か含みをもたせた言葉。でも、彼女と出会った日と言えば。


「舞とは小学校3年のクラス替えが初顔合わせだったから……4月8日かな」

「当たってるけど……それは覚えてるって言わないよー」

「始業式の日からの連想だし、覚えてるといえば覚えてるよ」

「それは屁理屈だー」


 そんな感じで、いつものようにじゃれ合う僕たち。


「今日は、新しい店に取材行くんだよね」

「そうそう。前に行った牡蠣ラーメンの店」

「以前食べられなかったメニューも制覇したいわね」


 僕らが言っているのは、以前に行った、牡蠣ラーメンを出す『麺屋余市めんやよいち』についてだ。


「私、牡蠣って大好きなんだよね。だから、すっごい楽しみ!」

「へえ。舞との付き合いも長いけど、初耳だね」

「普通の会話で牡蠣の話なんてしないもん」

「そりゃそうだ」


 食べ物の好みを語る時に、あえて、「牡蠣」というチョイスが出てくる場面というのもあんまりないかもしれない。


「今日は初めて3人での取材だから、気合い入れなくっちゃ!」


 グッと両手を握りしめて意気込みを示しているけど、


「ほどほどにね。自然体でやってくれればいいから」


 空回りしないか心配だったので、そんな言葉をかけたのだけど。


「自然体ってそれはそれで難しい注文だよー」


 と苦言が返ってくる。確かに、自然体といっても、ほんとにカメラを意識せずにそのままラーメンを食べているのだと、見ている方は面白くないわけで、案外難しい話だ。


「それじゃ、適度にカメラを意識しつつ、固くならない感じでいけるかな」

「適度にっていうのも、少し難しいけど。やってみる」

「無……よろしく頼むね」


 無理そうだったら言ってね、という言葉が喉から出そうになったけど、そういう風な気の遣い方で以前に傷つけた事を思い出して、抑える。


「あとは、セシリーの振る舞い方を参考にすればいいんじゃないかな」

「私?」


 きょとんとした様子のセシリー。


「うん。適度に肩の力抜いて、ぼけーっとしてる感じとかさ」

「ぼけーっとなんてしてないわよ」


 鋭い眼光で睨まれる。けど、全然怖くない。


「レビューするの忘れそうになった事、何度あったっけ」

「……少しは、ぼけっとしてたかも」

「よろしい」


 いつもはセシリーが言う「よろしい」を僕もつい言ってみたくなったのだけど、結構いいかも。


「二人は相変わらず仲良しだね」


 その様子を優しげに見つめていた舞から、そんな言葉が漏れる。


「ま、まあね。付き合い始めてもうすぐ1年になるし」

「は、早いわよね。ついこの間付き合い始めたみたいに感じるわ」


 舞の言葉にはからかいの響きがないだけに、少し照れてしまう。


「どうしたの?珍しく照れちゃって。あれだけバカップルしてるのに」


 急に照れだした僕たちが不思議に見えたのだろう。舞が尋ねてくる。


「だって、舞が真剣に言ってるのがわかるんだもの」

「そうそう。からかってくれたら開き直れるんだけどね」


 羞恥心の境界というのは難しい。


「私にはよくわからないけど。そういうものなんだね」


 ピンと来ていない様子だけど、この感覚を伝えるにはどうすればいいか。


「舞、いつも感謝してるよ。これからも仲良くしていきたいね」


 ことさら真面目な顔つきで、声色も真剣そのもの。彼女の目を真っ直ぐ見ながら、そう告げる。


「うう。すっごく恥ずかしい……!」


 頬に手を当てて照れる舞は、セシリーとは別ベクトルで可愛らしい。


「というわけ。わかった?」

「うん。真面目に言われると照れる。キョウ君、演技力も凄いんだから……」

「別に演技でもないんだけどね」

「え?」

「キョーウーヤー。そういう褒め方を他の女の子にしないでよ!」


 脇で見ていたセシリーはといえば、可愛い嫉妬。そういうのも実は狙っていたのだけど、多くは言うまい。


 そんな風にじゃれあっている僕らの横を通る男子生徒が一人。


「お二人さん……いや、最近は三人か。仲いいな」


 ぼそっと、クラスメイトの五木いつきが言葉を発して去っていく。


「……」

「……」

「……」


 お互いに目を合わせる僕ら。五木の場合、掛け値なしの本音なのが伝わってくるだけに、とても照れくさい。でも、ま、いいか。


 しかし、セシリーから「宿題」を出されてしばらくになるのだけど、未だに解けていない。彼女によれば、急に彼女のような接し方をして来た事と関連があるらしいけど……。

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