第27話 クラスメイトの事情と僕たち(1)

「まあ、別に親睦を深めるのはやぶさかじゃないんだが……」


 有名ファストフードチェーンの店内で、クラスメイトの五木耕平いつきこうへいがぼやく。


「何かまずかった?」

「いや、別にいいんだが。なんでセシリアまでくっついてくるんだ?」


 胡乱うろんげな表情で僕とセシリーを見つめる五木。


「そ、それはその。やっぱり、家が隣同士とか興味があって……」


 ごにょごにょと少し言いづらそうなセシリー。


「ということだってさ」


 実のところ、この機会に五木とも親睦を深めたいというのはセシリーも同じだったのだけど、今更そういう事を言うのは少し恥ずかしいらしい。


「まあいいけどな。で、俺とあいつの話だったか……」

 

 コーラをストローで吸いながら、気だるそうに話し出す五木。前から思っていたけど、なんで五木は気だるそうなんだろう。


「うんうん」

「やっぱり、色々甘酸っぱい思い出とかあったの?」


 他人の色恋に興味津々なセシリーは早くも、想像の翼を羽ばたかせている。


「いや、悪いが全然ないな。家が隣同士だったもんで、それなりに仲良くしてたつもりだが、俺は体力がないもやしっ子だったし、あいつは外遊びが好きな元気っ子だったから、そんなに趣味も合わなかったしな」


「そういえば、以前も言ってたよね。今の五木見ると信じがたいんだけど」

「うんうん。今はすごく身体ががっしりしてるし、運動も得意よね」


 そんな事を話し合う僕たち。


「ま、小6の頃辺りからか。だんだん体力がついて来て、自然とってのが正直な所」

「涼しい顔してさらって言うけどさ。結構大変だったんじゃないの?」

「うんにゃ。鍛えたら鍛えただけ成果がついてくるんだから、趣味って感じだな」

「趣味でそこまで出来るとはおみそれするよ」

「ね」


 声の調子はまるで変わらず、平然としているから、それは五木にとっては本音なのだろう。


「やっぱり、耕平はストイックよね」

「ストイックねえ……」

「よく「五木君って、寡黙でストイックなところ、素敵だよね」って話になるよ」

「俺にしてみれば、もっと良いやつはいくらでもいると思うんだがな」

「告白してきた女の子で誰かいい人とか居なかったの?」

「いい人っつうか。んー、なんていえばいいんだか……」


 言葉をまとめている様子の五木。


「ああ、あれだ、あれ。俺は、あんまり人に興味がないんだろうなあ」

「興味がない?」

「ああ。確か、小学校の頃からかね。誰々が勉強をできて凄いとか、運動をできて凄いとか、そういう話題ってよくあっただろ」

「確かに。運動できる男子はだいたい人気だったりね」

「キョウヤは勉強が得意だから、人気だったわよね」


 なんだか、その頃の事を思い出したのかうっとりしているセシリー。


「セシリー、そういうのはどうでもいいから」

「その頃からおまえら仲良かったんだな」


 なんだか、生暖かい視線で見つめられている気がする。


「それはどうでもよくて。五木の話」

「まあ、俺はそういうの見て、いっつも「ふーん」って思う側だったんだよ」

「なんていうか、やけに悟ってるんだね」

「だって、別に、運動できるできないとか、他人と比較してもしょうがないだろ?」

「言われてみればそうだけど、五木みたいに割り切れる奴は多くないよ」

「ま、そうなんだろうな。だからまあ、遊里ゆうりの奴も、どう勘違いしたのかよくおせっかい焼いて来たんだよ」

「おせっかい?」

「仲の良いグループに俺を引き入れようとしたりとか。昔は運動が得意じゃなかったから、あれこれ外遊びに誘ってきたり。ま、あいつなりの親切心だってわかってたから、悪い気はしなかったけどな」


 相変わらず気怠そうだったけど、少し優しげな声でその時の事を語る五木。


「で、それから、なんとなく今に至るって感じ?」

「そう……と言いたいところなんだが、中学に入った辺りからか、妙に余所余所しくなってな。おおかた、一緒にいると彼氏彼女と疑われる、ってとこかと思うが」

「そういえば、八坂やさかは妙に嫌そうな顔してたね」


 五木はどっちでもいいという感じだったけど、八坂からは「こいつなんか」という感情を感じたのを覚えている。


「俺から言えるのはこれくらいだな。別に、甘酸っぱい思い出とか全然無いだろ?」

「それは、どちらかと言うと、耕平が女の子に興味ないからじゃないかしら」

「そうかもな。ま、遊里にはいい相手が見つかってくれたらいいんだけどな」


 ため息をついて語る五木。


「五木。なんか、お父さんみたいな事言ってる」

「ま、付き合いは長いしな。幸せになってくれればとは思うだろ」

「家族みたいなものってこと?」

「家族、ね。ま、無駄に付き合いが長いって辺りはそう言えるのかもな」


 そう、最後まで気怠そうに語ったのが印象的だった。


「じゃ、また明日な」

「うん。また明日」


 そうして解散した僕ら。


「なんていうか、五木って、やけに大人びてるよね」


 改めて話した感想がそれだった。


「大人びてるっていうか、ちょっと枯れてるわよ」

「モテてるのに、色恋なんてどうでもいいって人もそうは居ないよね」

「そうそう。耕平だって男の子だから、そういう気持ちはあると思ったのに」

「とにかく。五木は完全に八坂の事は親しい友達、くらいに見てる感じだったね」

「うーん。もっと甘酸っぱい話があるかと思ったのに……」


 期待していたエピソードがなかったせいか、セシリーは不満そうだ。


「ま、そうそうお話みたいには行かないってことだよ」

「でもでも。遊里が中学の頃からツンケンし始めたっていうの、気にならない?」


 また、何やら眼をキラキラとさせているセシリー。


「五木が言うみたいに、気があるとか疑われるの避けたかったんじゃない?」

「それだけじゃないわよ、きっと。遊里は実は耕平の事が好きで、でも、好きなのを認めたくないとか、そういうのがあるのよ!」

「僕は、そんな深い事情があると思わないけどね。セシリーは満足してないんでしょ?」

「そういうこと。だから、もう少し協力して?」

「君が満足するなら。にしても、直接八坂に聞いても答えてもらえないと思うよ?」

「それくらい想定済みよ。だから、まずは遊里の友達に聞いてみるの」

「わかったけど、ほどほどにね」


 ということで、今度は八坂の方面から、二人の関係について調べることになった。にしても-


「なんで女の子って、他人の色恋の話が好きなんだろうね」


 セシリーに限らず、女子はそういう話で盛り上がっていることが多い。


「女の子って言っても色々だけど……共通の話題だからじゃないかしら」

「共通の話題?」

「趣味は人それだけど、色恋話なら、誰でも参加できるじゃない?」

「あー、なるほどね。言われてみれば」


 全く恋愛に興味がない人は少ないだろうし、たしかにそれはあたっているのかもしれない。


「で、セシリーも女子同士でよく盛り上がってるの?」

「んー。私はあんまり。首突っ込んであれこれ聞くのは面白いけど、彼氏の愚痴を聞かされたりとか、誰々が別れたとか、そういうのは退屈ね」


 そう、あんまり面白くなさそうに語っていたのが心に残ったのだった。

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