第18話 ラーメン好きなお父さんっ子との出会い(4)

 撮影を終えて、店を出たところ。


『あ、いけない!パパが迎えに来るんだったわ!』


 思い出したようにチェルシーさんが叫ぶ。


『お父さん?グッグルの社員っていう?』


『そうなんです。パパったら心配性で。今日も迷子にならないかとか色々……』


 少しごにょごにょとそんなことを言うチェルシーさん。

 

『でも、自慢のお父さんなんですよね』


 行きの時に、そんなことを言っていたと思う。


『それはそうなんですけど。ちょっと過保護なんです!』


 顔を赤くしているけど、きっと照れているんだろう。


『それで、どこまで行けば?』


 おそらく、そこまで遠くないだろう。


『JR新宿駅西口です。でも、来てもらっていいんですか?』


『せっかくのゲストですし。チェルシーさんとは長い付き合いになりそうだし』


 半年だか1年だか知らないけど、ラーメン店巡りをしたりすることもあるだろう。

 そう思っての言葉だったのだけど。


「キョウヤ。チェルシーさんと二人っきりになるの禁止だからね?」


 何故だか、セシリーが頬を可愛らしく膨らましていた。


「浮気なんかしないって。僕の事が信じられない?」


 きっとわかっているだろうけど。


「わかってるけど。チェルシーさん、グラマーだからもやもやするの」


 まだ気にしていたのか。


「僕がちっちゃいのが好きってことで決まったよね」


 そこまで引きずることだろうか。


「だって、撮影中も、ちょっとチェルシーさんの胸、見てたよね」


 言い逃れは許さないとばかりの言葉。

 あの時の殺気はそれか。


「いや、全員分の動画撮らないとだから、一瞬見ただけだって」


 まあ、嫉妬してくれるのは嬉しいけど。


「それでもモヤモヤするの」


 コンプレックスというのはなんとも厄介だ。


「セシリーちゃんも難儀だね」


 横で見ていたまいもため息をついている。


「とにかく。その話は後でね」


 その話は今日の夜にでもしよう。


『あ、ちょっとこっちの話をしててすいません。行きましょうか』

 

 先導して僕が歩く。新宿はダンジョンと呼ばれるくらい複雑だ。

 初来日の彼女にいきなり「西口」と言ってもハードルが高いだろう。


『彼女と可愛い喧嘩をしていたみたいですけど?』


 セシリーとは日本語でやりあっていたはずなのだけど。


『日本語、わかるんですか?』


『少しだけ。でも、やり取りを見てたらそれくらいわかりますよ』


 楽しそうに言うチェルシーさんに、少し肩身が狭くなる。


『セシリーは、胸が小さいのがコンプレックスで』


 セシリーと舞は二人で話しているから、この話は聞こえないはず。


『まあ。でも、胸が小さいなんて気にしなくてもいいのに』


『なんですけどね。彼女としては気が済まないみたいでして』


 なんで、初対面の人にこんな事を言っているんだろう、僕は。


『でも、ちゃんと表に出して嫉妬してくれるなら大丈夫ですよ』


 なんだか、やけに実感が籠もった言葉。


『それ、経験談ですか?』


 ふと、聞いてみたくなった。


『パパがママと離婚したって話しましたよね』


 そういえば、言ってたな。


『確か、試しに離婚してみたくなった、んでしたっけ?』


『実は、ママはパパを試したかったんですよ。パパはいっつもモテていて、他の女性になびかないか、不安そうでしたから。それで、離婚しても愛してくれるかって』


 なんと。そんな動機だったとは。


『チェルシーさんのお母さん、ヤキモチ焼きだったんですね』


 それだけで離婚に行き着くところが想像の斜め下だけど。


『私にしてみればいい迷惑ですよ。しょうもないヤキモチで離婚するんですから』


『それはそうですよね。僕もわかります』


 素直に、「私だけを見て欲しい」って言えばいいのに。


『だから、セシリーさんみたいに「私を見て!」って言ってくれるなら大丈夫』


『なるほど。よくわかりました』


 なんで、あんなことで嫉妬をとは思うけど。

 見方を変えれば、細かく不満をぶつけてくれているわけだ。


『ところで、チェルシーさんは彼氏は?』


『あら。それは浮気ですか?』


『あ、いえいえ。そんなつもりではなく。なんとなくです!』


『冗談ですよ、冗談。彼氏は居たことないですね。アメリカに戻ったら、ですね』


『なるほど。日本滞在中だとそれどころじゃないですもんね』


 彼女と話していると、気がついたらJR新宿駅西口に到着。

 さて、どこにいるのかなと周りを探していると。

 ひときわ背の高い、カッコいい白人男性がいた。


『あー、チェルシー!心配したよ!』


 チェルシーさんのところに駆け寄って、ハグを交わし合う二人。


『もう、パパったら、心配性なんだから。でも、ありがとう!』


 言いつつも、なんだかんだで嬉しそうなチェルシーさん。

 ほんとにお父さんのことが好きなんだな、って伝わってくる。


『あ、君たちは……』


 僕とチェルシーさん、それと後ろの二人を見て何やら言いたそうだ。


『あ。僕たちは、Ramen Walkersをやっているユーチューバーです』


 そう自己紹介をする。


『ああ、チェルシーがいつも見てる番組の!今日は娘をありがとう』


『いえいえ。あ、僕はKyoyaと言います。こっちはCecilia、こっちはMai』


 ついでに軽く名前を紹介しておく。


『僕はLarry Arlissラリー・アーリスだ。よろしく』


 握手を求められて、順に彼と握手をしていく。


『ラリーさん。グッグルのエンジニアさんなんですよね。凄いです』


 一見子煩悩なパパさんだけど、天下のグッグル社で新製品を作っている人なのだ。


『あー、チェルシーから聞いたのかい?』


『ええ』


『と言っても、僕のやってる仕事はまだまだこれからだからね』


『音声認識だって聞きましたけど。グッグルホームとか僕も時々使いますよ』


 特に、手早く天気を確認したいときとか。


『グッグルホームのチームはまた別なんだよ』


『そうなんですか?』


『未来の音声認識に向けたプロジェクトでね。守秘義務で話せないんだけど』


『グッグルは、そんな未来のこともやるんですね』


 世界に名だたるグッグル社だ。いつも先を見据えた研究開発をしているのだろう。


『目がない社内プロジェクトはあっさりポシャるけどね。ま、いいところだよ』


 そう楽しそうに言うラリーさんを見て、いい職場なんだろうと思った。


『あ、それと名刺を渡しておくよ。グッグルジャパンにはいつでも遊びにおいで』


 そう言って、グッグルジャパンの名刺を渡された。


『いいんですか?』


 そりゃ、行ってみたいけど、いきなり過ぎないだろうか。


『いつでも見学者は受け入れてるからね。僕に連絡してくれれば大丈夫だよ』


 そう気さくに言ってくれるラリーさん。


『今度、行ってみようか』


『そうね。面白そうだわ』


「え。なになに?」


「あ、グッグルジャパンに遊びに来ていいんだってさ」


「なにそれ、行きたい!」


 目を輝かせる舞。舞はグッグル製品好きだからなあ。


『それでは、キョウヤ。セシリー。マイ。今日はありがとう』


 チェルシーさんからの挨拶。


『こちらこそ。楽しかったです』


『私もよ』


『わ、私もです』


 なんとか聞き取れていたらしい舞が遅れて反応する。


『当分滞在してますから。また、遊びましょう?』


『ええ。こちらこそお願いします』


『よろしくね』


 そうして、チェルシーさんは去って行ったのだった。


「はあ、もっと英語できるようになりたいなあ」


 と思ったら、凹んだ様子の舞。


「あー、ごめん。もうちょっと頻繁に翻訳してあげられれば」


 僕が気が利かなかった。


「セシリーちゃんもキョウ君も大変そうだったし。私が英語力上げないと!」


 凹んだと思ったら、早くも燃え始めている。


「英語力は長期的にってことで。そろそろ、帰ろっか」


 そう言って、周りを見渡したのだけど。


「あ、私は新宿で見たいところがあるから、お先に!」


 ビューと突風のように舞は去っていってしまった。


「……」

「……」


 突然な舞の行動に、目を見合わせる僕ら。


「舞の気の遣いすぎはいずれなんとかしないとね」


「そうね。ほんとに、水臭いんだから」


 二人揃ってため息をつく。


「今日の残り時間は二人っきりで過ごそうか」


 それはそれとして、せっかくだし。


「そうね。それに、今日は二人っきりで思いっきり……」


 何を想像しているのだろうか。顔が赤くなっている。


 さて、この様子だとどんな風に甘えてくるか。


 なんて思いながら、二人で帰路についたのだった。

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