第19話 彼女のコンプレックスとちっちゃいは正義

 ところ変わって僕の家にて。


「……」


 二人きりなのに、何故だかセシリーは不服そうだ。

 それに、いつもみたいに甘えてこない。 


「どうしたの、セシリー?」


 彼女自慢の髪を梳きながら、問いかけてみる。


「胸」


 ぽつりと出た一言。


「さっきの事?」


 やたらとチェルシーさんと比較していたけど。


「うん。やっぱり、私の胸、魅力がないのかなって……」


「舞が一緒のときは大丈夫だったのに、今日はどうしたの?」


「だって、チェルシーさん、凄いグラマーだったもの」


 なんだかダウナーだ。

 暗にまいはそこまででもないと言っているのか。


「でも、僕がそんなところにこだわらないのはもう知ってるよね?」


 こないだの、「ちっちゃい」騒動を思い出す。


「でも、チェルシーさんの胸、見てた」


 むすっとした表情のセシリー。

 なんだか可愛らしい嫉妬だけど、さて、どうしたものか。


「そりゃ少しはね。でも、それだけじゃないと思うんだけど」


「日本だと、白人女性って背が高くて、グラマーってイメージでしょ?」


 出てきたのは予想外の言葉。


「そういうイメージはあるね。実際、どうなのか知らないけど」


「でも、私は背もちっちゃいし、胸もちっちゃい」


「……」


 なるほど。世間的なイメージも気にしていたとは。


「もちろん、キョウヤが気にしてないのはわかってるの」


「だろうね」


 そんなことがわからない彼女じゃない。


「覚えてる?「親切なお兄さん」と「観光客の女の子」に間違えられたこと」


「ああ、そんなこともあったね」


◆◆◆◆


 デートで、屋台を食べ歩いているときのことだった。

 何気なく、セシリーの分も一緒に頼んだその後。


「お兄さん、親切ね」


 店のおばさんも他意はなかったのだろう。


「いえ、そんな」


「見ず知らずの外国人の子のために、代わりに注文までしてあげて」


「あ、いえ、それは」


 まずい。セシリーの表情がどんどん不機嫌になっている。


「今どき、なかなか出来ることじゃないわよ」


 おばさんにとって、僕は完全に「親切なお兄さん」だったらしい。


「……私達は恋人です!」


 憤懣さめやらぬセシリーが声を上げた。


「え?」


 おばさんは何が何やらといった表情。


「あの。彼女はかなり昔から日本にいて。僕とは本当に付き合ってるんです」


「あ、そ、それはごめんなさい。本当に失礼なことを……」


「おばさんに悪気がないのはわかりますけど。ショックです」


 その後はしばらく拗ねたままで大変だった。


◇◇◇◇


「もうちょっと背が高ければ恋人に見てもらえたかもしれないのに」


「いやいや。きっと、背が高くても同じだったと思うよ」


 きっと、日本語が堪能な外国人というのが少ないから誤解が出来てしまうのだ。


「それに、同級生の女の子に比べても、胸がちっちゃいし」


「そんなの一体どこで」


「更衣室で着替えてれば、嫌でもわかるわよ」


「そっか。えーと、どういえばいいのかな」


「八つ当たりだってわかってるのだけど。どうすればいいのかな……」


 そう自嘲するセシリー。

 「ちっちゃい」のをそんなに気にしていたとは。

 彼女に伝えたい言葉を探す。慰めとかじゃなくて、本心の気持ちを。


「あのさ、初めて君と会った時のこと覚えてる?」


 父さんに、出来たばかりの『Joseph's Ramen』に連れて行ってもらった時だ。

 

「目をキラキラさせて話しかけて来たわよね。何言ってるかわからなかったけど」


 その時の事を思い出しているのだろうか。


「あの時、妖精みたいだって思ったんだ。ちっちゃくて、可愛らしかったから」


 自分でも気障なことを言ってるなと思うけど、本音だ。


「妖精?キョウヤ、そんな事思ってたんだ」


「だから、君に話しかけたんだ。妖精みたいだけど、どんな子なんだろうって」


 ちっちゃくて、可愛い彼女がなんだか気になって仕方がなかったから。


「そんなの聞いたの初めて」


「恥ずかしいからね。でも、君がちっちゃくて可愛かったから気になったのは本当」


 言ってて、顔が熱くなってくる。


「そ、そうなんだ。嬉しい」


 ようやく、彼女が笑ってくれた。


「それに、胸もさ。こうしてあげられるの、好きなんだよ」


 膝の上に彼女を乗っけて、ちっちゃい胸に優しく触れる。

 僕の手にすっぽり収まるくらい小さい胸。


「無理、してない?」


 瞳を潤ませて僕を見つめてくる。


「してないって」


 言いながら、胸を撫でてみる。


「僕は、君がちっちゃいのも、胸がちっちゃいのも好き」


 なんてことを言っているんだろうと思うけど、ホントの気持ち。


「だから、セシリーもちっちゃいのを嫌いにならないで欲しいな」


 彼女にはいつも楽しくあって欲しいから。


「ちっちゃいは正義?」


 悪戯めいた表情で、そんなことを言う彼女。

 もし、何か飲んでいたらきっと噴いていただろう。


「そこで変なサブカルネタは止めてよ」


 せっかく、真剣に気持ちを伝えていたのに。


「とにかく。ちっちゃいのがいいのよね?」


 もう一度言わないといけないのか。


「うん。そうだよ」


 言いながら、彼女の身体をぎゅっとする。


「嬉しい……!」


 言いながら、向かい合って、口づけてくる。


「やっと調子が戻ったね」


 いつもみたいに甘えてくる彼女。


「うん。もっと触って♪」


 僕の手を自分の胸に導いてくる。

 ふにふにと触っていると心地よい。


「ほんと、今は子どもみたいだね」


 彼女自慢の髪を優しく撫でてあげる。


「うん。キョウヤの前でだけね♪」


 言いながら、無邪気に鼻をすんすんしたり。

 首をぺろぺろと舐めて来たりする。

 と思ったら、下半身を撫でられる。


「う。ちょっと、そんなことしたら……」


 我慢できなくなる、と言おうとしたのだけど。


「今日は私に任せて。してあげたいの」


 蠱惑的な声。

 そのまま、ズボンを脱がされて……


◇◇◇◇


「女の子にされるってこんなに恥ずかしいものだとは」


 しかも、彼女がちっちゃいものだから、背徳感も増す。


「キョウヤは可愛かったわよ♪」


 ご機嫌な彼女。主導権を取れたのが嬉しかったらしい。


「今度からはナシにしよう」


 なんだか変なものに目覚めてしまいそうだし。


「えー!?」


「なんで、不満そうなのさ」


「だって、さっきみたいにしてあげられるの、楽しかったのに」


「そんな、人を玩具みたいに」


「そうじゃなくて。私もたまにはキョウヤのためにしてあげたいの」


 今度は少し真剣な瞳。


「わかった、わかった。たまにね」


 僕にされるがままだと思っていた彼女だけど。

 してあげることにも楽しみを見出してしまったらしい。

 それも可愛いから良いのだけど。 


「そういえばさ、昼間チェルシーさんと話したんだけど」


「む。浮気?」


「そうじゃなくて。嫉妬してくれている内は大丈夫だってさ」


「しなくなったら駄目ってこと?」


「わからないけど。チェルシーさんのお母さんは不満を溜め込んでたんだって」


「ふうん」


「それで、お父さんを試したくなって、離婚したんだって」


「なにそれ。わけわからない」


「僕もわけわからないけどね。離婚しても愛してくれるか知りたかったらしい」


「全然理解できない」


「まあそうなんだけどね。こまめに嫉妬してくれた方がありがたいってこと」


「それなら、嫉妬させないで欲しいんだけど」


「そりゃそうだけどね。チェルシーさんとはたまに会うだろうし」


「胸はみないでね?」


「善処するよ」


「よろしい♪」


 こうして、可愛らしい嫉妬は幕を閉じたのだった。


 たまにだったら、こんなじゃれ合いも悪くない。


(チェルシーさんに感謝かな)


 そんな事を思ったのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆


これにて、第3章はおわりです。

4章ではもう一人の親友である舞や、それぞれの家庭にスポットライトを当てます。

予定は予定なので、そうならないかもですが。


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