第17話 ラーメン好きなお父さんっ子との出会い(3)

『わかりました。よろしくお願いしますね』


 チェルシーさんが言う。

 そうして、Ramen Walker特別編の撮影が始まったのだった。

 

「さてさて皆様。今日もRamen Walkersの時間がやってきました!はじめましての方は、はじめまして。またの方はこんにちは。セシリア・アイバーソンとアシスタントの彼がお送りします。よろしくお願いしますね♪」


 今回は、最初の挨拶を忘れなかったようだ。偉い。


「実は、今回は特別編と題しまして、はるばるアメリカからいらっしゃった、チェルシー・アーリスさんと、私の友達の新庄舞しんじょうまいにも出演していただくことになりました」


 そう言って、舞たちの方に視線を向けるセシリー。僕も、それに従って彼女たちにカメラを向ける。


『皆さん、はじめまして。チェルシー・アーリスといいます。今回はゲストとして参加させてもらうことになりました!』

(Nice to meet you all. My name is Chelsea Arliss.I will be guest starring in this episode. )


 英語の挨拶をセシリーが日本語に翻訳して話す。


「は、はじめまして。え、えと。新庄舞です。お、お友達のセシリーちゃんに頼んで、今回は、特別に参加させてもらうことになりました。よ、よろしくお願いします!」


 やけに緊張している舞。


「舞、落ち着いて。別にトチっても大丈夫だから」


「そ、それはわかってるんだけど、落ち着かないの」


 緊張のあまり挙動不審になっているようだけど、さて、どうしたものか。


「さて、今回は、博多系とんこつラーメンで有名な『水竜すいりゅう』さんにお邪魔させていただくことになりました。私もも何度か行ったことがあるので、ある意味定番ですね。あ、博多系というのは、福岡発祥の、細麺と白い豚骨スープベースのラーメンのことですね。一昔前は豚骨といったら博多系のことを指したくらいです」


 相変わらず、はきはきと笑顔でしゃべるセシリー。

 慣れたもので、緊張した様子はない。


「え、えっと。セシリーちゃん。色々あるけど、どれ選べばいいのかな?」


 券売機を見ながら、悩んでいる様子の舞。うん。いい感じだ。


「舞とチェルシーさんは初回だから、『半玉とんこつラーメン』がオススメね」


 と言いつつ、チェルシーさんに向けても翻訳する。

 なかなか大変な作業だ。


「麺の固さは?ばりかた、かた、ふつう、やわ、ってあるよ」


 確かに、初心者はここで悩みがちかもしれない。僕は、ばりかたが好きだけど。


「かた、か、ふつう、がオススメね。芯があるのが好きならかたがいいわよ」


「じゃ、私はふつうにするよ」


『私は、「かた」にします』


 それぞれ、券売機でチケットを買って4人席につく。


『セシリー、どうしたの?』

(Cecily, what's going on?)


 チケットも買わずにぼーっと立っているセシリー。


「あ、翻訳するのに忙しくて忘れてました!私は、半玉とんこつラーメンのバリカタと明太子ご飯にしますね。明太子ご飯、美味しいんですよ!」


 あわてて、「ばりかた」で同じラーメンを買うセシリー。

 さすがに通訳を兼ねると頭が混乱するらしい。

 それにしても、明太子ご飯推しか。まあ、いいんだけど。


 三人で座席にかける女子たち。

 ちっこいセシリーに、そこそこの舞、おっきいチェルシーさんと並んでいる。

 絵になる、色んな意味で。

 と、カメラ越しにギロリと睨まれた気がする。気のせい……だよね?


『チェルシーさんは、カリフォルニアのマウンテンビューから来られたそうですが、地元ではどんなラーメンを?』


 チェルシーさんに英語で質問しつつ、日本語に翻訳したものもしゃべる。

 これは色々な意味で疲れそうだ。


『やっぱり、豚骨が一番多いですけど。最近は、味噌や醤油が楽しめる店も増えてきましたね。日本のおいしいラーメン屋さんも進出してますし』


『日本にしばらく滞在されるそうですが、どんなラーメンを食べてみたいですか?』


『やっぱり、日本でないと食べられないラーメン。魚介系や鶏ガラとか、そういう色々なものを食べてみたいですね』


『さすがラーメンファンだけありますね。日本はラーメン天国ですから、きっと満足できるお店がいくつもありますよ!』


『ええ。だから楽しみです。今から、放課後にどこにラーメン屋さんに行こうかってそんなことばっかり考えてます』


 ちょっと冗談めかしていうチェルシーさん。


「そういえば、舞は博多系とんこつ、初めてなのよね?」


 日本語に切り替えて、今度は舞に向かって話しかける。


「うん。ちょっと臭みが強いって聞いて敬遠してたんだけど」


「それなら、ここのお店は比較的初心者にも優しいから大丈夫よ」


「でも、麺の固さとか事前に聞いてなかったんだけど」


 不満そうに言う舞。


「ごめんなさい。ついうっかり」


 とあんまり反省してなさそうに言う。


「ま、セシリーちゃんはいっつもそうだから、いいんだけどね」


 さして気にした風もなく舞は流す。

 すっかり緊張はとれたようで、良かった。


 そんな風にしてしゃべっていると、頼んだラーメンが到着した。


「さて、いよいよ来ました!とんこつのミルキーな香りが食欲をそそりますねえ」


 鼻をすんすんとするセシリー。


「それに、明太子ご飯の赤。これもいいんですよね。ラーメンと一緒に食べると美味しさ倍増ですよ」


 うんうん。聞いているこっちも美味しさが伝わってくるようなレポート。

 いい感じだ。 


『見た目はアメリカのとあんまり変わりませんね』


 対して、意外に普通そうな感想を漏らすチェルシーさん。


『やっぱり、アメリカの豚骨ラーメンもこんな感じですか?』


『アメリカだともっと高級料理!って扱いですから、こんな席で食べるのは少し意外ですけど』


 なるほど。日本だとB級グルメだけど、そんな違いがあるのか。少し面白い。


『高級料理というと、デートで来たり?』


 そのくだりに興味を持ったのかセシリーが突っ込む。


『ええ、そんな感じです。ラーメン屋さんに行くと、カップル連れがいっぱいいますよ』


 ラーメン屋にカップルが大勢か。僕らみたいなのがたくさん?

 ちょっと想像できない。


「セシリーちゃん、麺が伸びちゃうよ」


 話が長引きそうなのを察した舞がストップをかける。


「おっとそうでした。それでは、麺が伸びない内にいただきしょう」


 一斉に麺をすすり始める舞とセシリー。

 対して、チェルシーさんはれんげに麺を取ってゆっくりと食べている。

 外国人は、麺をすするのは抵抗があると聞いたことがあるけど、本当だったんだ。


「んー。これぞ博多ラーメンって感じですけど、ミルキーな味は安心します。あ、あと、明太子ご飯もいいですからね!」


 またの明太子ご飯推し。そんなにそこを推したいのかと苦笑する。


「あ、でも、落ち着くっていうのはわかる気がする。なんだろ……」


 不思議そうな顔をしながら、するするとラーメンをすする舞。


『麺がアルデンテな感じで、とってもいいです!』


 意外なところを褒めるチェルシーさん。


『アルデンテというのは?』


 つい、割って質問してしまう。


『アメリカのラーメン屋さんだと、麺はやわらかめなことが多いんです。お客さんも、ゆっくり伸びきるまで楽しむ人が多いですからね。だから、アルデンテくらいの固さのこういう麺は、とっても新鮮です』


 心からラーメンを楽しんでいる様子で、麺を口に運ぶチェルシーさん。

 その表情に、来てもらってよかった、と実感する。


 その後は言葉少なにラーメンを食べ終える。


「お腹いっぱいです。水竜はよく来ますが、やっぱりいいですね。明太子ご飯もいいですよ!」


 いくらなんでも、そこまで推すとしつこいのではないだろうか。


「私もお腹いっぱい。美味しかった」


『美味しかったです。ゴチソウサマ』


 ちゃんと、日本語でゴチソウサマと言う辺り、きちんとした人だなと思う。


『BTW, Cecily. How do you rate this ramen?』

(ところで、セシリー。このラーメンは何点だい?)


「うーん。10点満点中……7点です。美味しいんですけど、馴染みの店だから、少し舌が慣れちゃってるかもしれません。個人的には、慣れてきたら、バリカタと替え玉、明太子ご飯を楽しんでもらいたいですね」


「セシリーちゃん、明太子ご飯大好きなんだね」


 僕も思っていたことを舞が突っ込んだ。


「だって、本当に美味しいんだもの。博多ご飯と明太子ご飯の相性は最高よ!今度来たときに舞も食べればわかるわ!」


 あくまで明太子ご飯愛を貫くセシリー。一体、どこでそんなこだわりが。


「それでは、今回のRamen Walkersは以上になります。チェルシーさん、舞、今日はありがとうございました」

 

 ペコリとお辞儀をするセシリー。


「いいよ、いいよ。これくらい」


『またご一緒させてくださいね』


『See you next time, everyone!』

(それでは皆様、また次回!)


 最後に、締めの挨拶をする。

 そして、終わった途端、セシリーがガクッと机に突っ伏した。


「ちょ、ちょっと大丈夫?」


 なんだかとてもぐったりしている。


「日本語と英語が行き来して、とっても疲れた……」


 自慢の髪がべたっと机に広がっていく。


「通訳なんて仕事があるくらいだからね。とにかくお疲れ様」


 そう言いながら、頭を撫でてあげる。


「ちょ、ちょっと。まだ人目があるのに……」


 びくんと跳ね起きて、恥ずかしがるセシリー。


「私達の事は気にしないで、どうぞごゆっくり」


「仲良きことは美しきかな」


 片言だけど、日本語の慣用句をそのまま言うチェルシーさん。


「それじゃ、気にせずに」


 ぎゅーと抱きしめてあげる。


「……もう、仕方ないんだから」


 内心嬉しいくせに、「仕方ない」と言い張るセシリー。

 そんなところもまたいい。


「お嬢ちゃん、愛されてるねえ」


 店主さんもその様を見て、微笑んでいる。


 実は、この部分までビデオカメラを回している僕。

 セシリーに交渉して、ここも流せないかなあと思ったりするのだ。

 恥ずかしがって、「無理!」と言うに違いないだろうけど。

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