第11話 嫉妬と本音
「ねえ、セシリー」
「……」
なんとなく、いつものように流れで一緒に帰っているけど、空気が重たい。結局、あれから一言も言葉を交わすことがないまま、こうして放課後になってしまった。
「昼は本当に僕が悪かったよ。だから、機嫌直してくれないかな?」
「……」
やっぱり返事がない。これは相当怒ってるな。どうしたものやら。
「ほんとに、
「わかってる!」
それは怒鳴るような大きな声だった。
「キョウヤが浮気したりはしないってわかってるの。でも、キョウヤがギュっとしてくれるのは私だけの「特別」だって思ってたから、なんだかもやもやして、イライラしちゃって。単なる自己嫌悪なの」
「そっか。ほんとに、ごめん」
考えてみると、彼女は、理不尽にヘソを曲げ続けるような人間じゃないのだった。有り体に言えば、「嫉妬」なんだろうけど、僕がした行動がどれだけ軽率だったかを考えて、呪わしく思えてくる。
「とにかく、僕が悪いから、機嫌直してくれないかな?なんでもするから」
そう言って、彼女の様子を伺ってみる。大好きな彼女が僕のせいで沈んだ表情をしているのも、二人でこうして気まずい空気で歩くのも嫌だった。
「じゃあ、キョウヤの家で思いっきり甘えたい」
「え?」
返答は予想外のものだった。頭をがつんと殴られたような衝撃だった。
(怒っているのに、甘えたい?)
二度と他の女性にハグしないとか、そういう約束をするのを僕は想定していたのだけど。そういえば、以前に一度喧嘩したときも、そんな少し妙な反応をしてきたのを思い出した。「そういうものなの」と言われて、問い返すことも出来なかったけど。
「そ、そんなことでいいの?二度と他の子にハグしないとか、そういうのは」
「別に疑っているわけじゃないもの。とにかく、それでダメ?」
寂しそうな顔をして見上げられると、言うことを聞いてしまいたくなる。
「わかった。それじゃ、そうしようか」
「うん。ありがと……」
少し、落ち着いた様子でそう返すセシリー。それから、言葉少なに、僕の住むマンションに二人して帰るのだった。
「あら、お帰りなさい、恭弥。それに、セシリーちゃんも」
玄関の扉を開けて帰ると、ちょうど母さんが廊下に出ていた。うちの母さんは、昔は大手チェーンの飲食店に勤務していたのだけど、僕が産まれたのをきっかけに、20台前半の若さで退職して、それ以来、週3のパートをして家計を助けながら、主婦をしている。飲食店勤務だったのが関係しているのか、母さんは料理が得意で、時々セシリーに料理を教えてあげたりしている。
「どうもお邪魔します。お母様」
丁寧な会釈をするセシリー。
「ゆっくりしていってね。恭弥も、優しくしてあげなさいよ?」
ちょっとした軽口だったのだろうけど、ちょうど機嫌を損ねたばっかりだったので、少しドキリとする。
「そりゃ、優しくしてるつもりだよ?」
「セシリーちゃんは、よく、「キョウヤはイジワルだ」って言ってくるけど?」
「そんなこと言ってたのか」
いやまあ、ちょっとしたイジワルをしているのは本当だから、反論できないけど。
「大丈夫ですよ、お母様。キョウヤはいつも優しくしてくれてます」
「あらあら。何があったのやら。とにかく、ごゆっくり」
そう穏やかに言う彼女に、一瞬目を瞬かせた後、何事も無かったように引っ込む母さん。それを見送って、僕の部屋に彼女を案内すると、途端に、
「ん……」
黙って、僕の胸にセシリーがしなだれかかってきた。
「え、えと?」
戸惑う僕を横目に、背中に手を回して、ぎゅっとされる。普段二人っきりになったときのデレデレとも違う雰囲気に僕は何とも言えなくなる。
「頭、撫でて?」
「う、うん」
なんだか、一回り以上も幼くなった雰囲気に、気圧されながらも、彼女自慢のサラサラの髪を撫でていると、首元に鼻を近づけて、くんくんされる。
「ひょっとして、臭う?」
「ううん。いい匂いだなって思っただけ」
「そ、そっか。ありがと」
さっきまでの不機嫌はどこに行ったのだと思うような、甘えっぷりになんとも言えなくなる。
「もう、怒ってない?」
「ううん。怒ってる」
「ええ!?」
「冗談よ。もうどうでも良くなっちゃった」
その声色にはほんとに怒っているような感じはなく、本気で機嫌は治ったようだ。そういえば、付き合ってから前に一度だけ、機嫌を損ねたときも、こんな風にしている内に機嫌が治ってしまっていたのを思い出した。
「一つ聞いてもいい?」
「うん。何でも」
静かな部屋でそんなやり取りをする僕たち。少し、聞きたいことを言葉にまとめて口にだす。
「どうして、機嫌が治ったの?」
「むう。せっかくいい気分だったのに」
微妙な表情をされてしまう。
「だって、何でも聞いていいっていうからさ」
「最初っから、別に本気で怒っていたわけじゃなくて、「特別」が盗られちゃった気がしてモヤモヤして、甘えたかっただけなの。それだけ」
「そっか」
わかるような、わからないような。僕が仮に、セシリーが悪ふざけをしてクラスの男子に抱きついているのを見たら、きっと、もやもやすると思う。それはわかる。でも、触れ合っているとどうでもよくなる、というのはちょっとわからない。
「キョウヤだから言うけど。普通、女の子は、こういう本音言わないからね?」
「肝に銘じるよ。女心は難しいね」
長い時間を一緒に過ごしてきたけど、男と女は難しい。
「あ、そうだ!いいアイデアを思いついた!」
「なになに?」
「私が好きな女性向け恋愛もの貸してあげる」
「ええ!?」
発想はわかるけど。
「でも、女性向けって、主人公がイケメンの男性に惚れられて……とかでしょ?」
「キョウヤが女性向けに偏見を持っているのはよっくわかったわよ」
声のトーンが少し低くなった。やばい。少し怒っている。
「ごめんごめん、それは悪かった。とにかく、読むよ」
彼女はオタクカルチャーにも詳しい。とりわけ、恋愛ものが好きで、男性向けも女性向けも読む。だからこそ、こういう言い方は禁句だ。危ない、危ない。
「そういう偏見の目で見るのよくないと思うの。キョウヤだって、ハーレムもの嫌いなのに、男性向けの恋愛ものなんて、所詮ハーレムものだろ、とか言われたら嫌でしょ?」
「いや、ほんとその通り。って、なんで僕がハーレムもの嫌いだって?言ったことなかったはずだけど」
「本棚に並んでいる作品見れば分かるわよ。どれも、表紙が主人公とヒロインがコンビだったり、ピンヒロインのやつばっかりじゃない」
「わかった、わかったから!」
そう。僕は、恋愛ものに限らず色々なジャンルを読むけど、どのジャンルでも、恋愛がらみで「ハーレムもの」を受け付けなくて、そういうのを避ける傾向があった。そういう性癖を見抜かれていたとなると、恥ずかしくて死にそうになる。
せめて、もう一つの方はバレませんように。
「あと、気になっていたのだけど、胸の小さいヒロインが多いのは偶然?」
「えっと……」
やばい。気付かれかけてる。どうごまかそうか。
「ストーリーが好みだった話のヒロインが、たまたま胸が小さかっただけだって」
「じゃあ、作品タイトル、メモっていい?あとで、検索してみるから」
「え」
それは致命的だ。検索されると、「絵的にたまたま胸が小さい」のではなくて、「胸が小さいのを気にしてる」子がヒロインなのが多いのがバレてしまう。仕方ない。
「わかった、認めるよ。でも、言っておくけどロリとかじゃないからね?胸が小さいのを気にしてるってところがなんかいいというか、その……」
彼女の前で性癖を告白するのは恥ずかしすぎる。
「よかった」
そう言って、再び抱きしめられる。
「胸がちっさいの、ずっと気にしてたから」
「うん。その、正直に言えなくてごめん」
「じゃあ、今度からは「胸がちっちゃいところも好きだ」って言ってね?」
「ええ、そんな……」
「いつも、あんなに恥ずかしがらせる言葉を言えるのに?」
「わかったよ」
しばらくは、口にするのは抵抗がありそうだけど、それも慣れだろう。
そうして、ちょっとした喧嘩は、あっさりと有耶無耶になってしまったのだった。
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