第10話 カルチャーギャップと不機嫌

「ね、セシリーちゃん。ちょっといい?」

「どうしたの、舞」


 いつものようにセシリーと舞の三人でお昼ごはんを食べていたところ、舞が質問してきた。こうい風に、舞がセシリーに質問をするのは日常風景だ。


「セシリーちゃん、小3の頃、こっちに来たんでしょ?どういうところがカルチャーショックだった?」

「その質問は僕も興味があるね。セシリーとしてはどう?」


 コミュニケーション取るので精一杯で考えたことがなかったけど、知りたい。


「色々あるんだけど……店員さんが、何かにつけて「ありがとうございます」とか、あと、やけに丁寧な接客だったのは気になった、かな」

「イギリスでは違ったの?」

「店にも寄るけど、結構適当よ?あっちのコンビニは、こっちのコンビニと違って、もっといい加減だし」

「へー、それは意外。もっと紳士的な対応かと思ってた」

「イギリスが紳士の国なんて幻想よ。私が今度ロンドン案内してあげる」

「次っていうと、夏休みかな。よろしく頼むよ」


 なんて、気軽にロンドンに行く約束をしてしまった僕。そして、


「うー。キョウ君だけズルい!私もセシリーちゃんと旅行行きたい」


 また例によって、舞が駄々をこね始めた。


「それは困ったね。舞のご両親の許可が出るなら考えてもいいけど」

「今晩相談してみる!」

「気が早いね。急がなくてもいいのに」


 そんなにまでして、セシリーと旅行したいのだろうか。


「それで、他にもカルチャーギャップは?」

「やっぱり、部屋で靴を脱ぐことね。あれは、しばらく慣れなかったわ」

「ああ、それは聞いたことがあるけど、実話だったんだ」

「今は、玄関で靴を脱がないと落ち着かないけどね」


 そう苦笑するセシリー。


「でも……」


 少し言い淀んだ彼女。


「なに?言いづらいこと?」

「一番は、キョウヤがうちのラーメン屋に毎週のように押しかけてきたこと、よ」


 照れ屋な彼女が真っ赤になって言葉を紡ぐ。


「それは、否定できないかな。でも、いい意味で?悪い意味で?」


 答えがわかっていながら、つい聞いてみる。


「いい意味に決まってるわよ。おかげで、日本に馴染めたもの。感謝してる」

「そっか。そう思っててくれたのなら良かったよ」


 そう言って、彼女のさらさらの髪をなでる。


「今日はハグじゃないのね」


 何か物足りなさそうな表情のセシリー。


「ハグ、して欲しかった?」

「今は、今はいいわよ!恥ずかしいし!」


 やっぱり恥ずかしいらしい。でも、それなら、僕も遠慮しなくてもいいかな。後ろから胸を抱きしめる形でハグをする。


「うう。だから、今はいいって言ってるのに」

「だって、されたそうだったから」

「それは……二人きりならいいんだけど」


 公衆の門前でハグには未だに慣れないようだ。でも、そういうあたふたしてくれるところがやっぱり好きだ。


「キョウ君はいっつもセシリーちゃんとイチャイチャし過ぎ。私に代わって!」

「セシリーが嫌がらないようにね」


 彼女なら大丈夫だろう思いつつ、セシリーの身柄を引き渡す。


「あー。やっぱり、セシリーちゃん抱き締めるの気持ちいいー」

「だから、止めてってば」


 抵抗して舞を引き剥がそうとするセシリーだがなかなか抜け出せない。ふと、思いついた悪戯があって、試してみることにした。


「じゃ、舞はこうされるとどう?」


 なんとなく思いつきで、ハグをしてみた。親しい仲だしこれくらい悪ふざけで許してくれるよね、と思っていたのだけど。


「キョウ君……セシリーちゃんの前でそれはどうかと思うよ?」


 指摘されて、セシリーの方を見ると、不機嫌になっている。確かに、ちょっと軽率だったかもしねい。


「ごめん。さっきのは勢いで、別に舞とどうこうするつもりはないから」

「……キョウヤに悪気はないのはわかってるけど。私はキョウヤの彼女だから、できれば止めて欲しい」

「今日はちょっと悪ノリし過ぎた。ごめん」

「うん……」


 少ししょぼくれた様子のセシリー。僕の悪ふざけのせいで、傷ついてしまったようだ。なんとかして機嫌を直してもらいたいのだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る