第12話 彼女の実家のラーメン屋

「ジョゼフさんのラーメンってちょっと久しぶりだよね」


 夕方、いつもの通学路を帰る僕たち。

 ジョゼフさんのラーメンを食べたいとまいが言い出したのだ。

 それで、三人でJoseph's Ramenを訪れることになった。


「パパも喜ぶと思うわ」


 セシリーもどこかご機嫌だ。


「最近は、君の部屋に直行だったからね」

「ラブラブだね、二人とも。やっぱりあんな事やこんな事もしてるの?」


 まいからの唐突な質問。


「……」

「……」


 無言になる僕たち。

 セシリーは急な質問に真っ赤だ。

 僕は「あんな事やこんな事」についてあけっぴろげに話す程の精神はない。

 というわけで、無言。


「あ、セシリーちゃん、赤くなってる。やっぱり……」

「わかるなら聞かないで欲しい」


 そういうのは、勘弁して欲しいんだけど。


「思春期女子としては、どうなのかなーって気になるよ」

「他の女子とやって欲しいんだけど。そういうの、好きな子いるでしょ?」

「体育の着替え中に聞くけどね。なんか、夢がないというか、生々しいというか」

「着替え中にそんな話してるんだ?」

「男子が居なくなったら、そりゃもう。で、どうなの?」

「ノーコメント」

「……」


 相変わらずだまり込んだままのセシリー。


「ほら、それより、もうすぐ着くよ」

「話逸らされた……」


 ぶーぶーと不平を言う舞を無視して、Joseph's Ramenの表から入る僕たち。


「いらっしゃいませ!ん?どうしたんだい、表口から来て」


 厨房から聞き慣れた声が響いてくる。


「今日はお客として来たの」


 そう言って、僕たちの方に視線を向けるセシリー。


「おお、キョウヤ君に、マイちゃんじゃないか!」


 人の良さそうな笑顔をこちらに向ける親父さん。


「こんにちは、ジョゼフさん」

「お久しぶりです、ジョゼフさん」


 ぺこりとお辞儀をする僕たち。


「そんな水臭い。まあとにかく、ゆっくりして行って」

 

 と言って、再び作業に戻るジョゼフさん。


 Joseph's Ramenは、ラーメン専門店では珍しくタブレットを活用している。

 券売機の代わりにタブレットで注文できるのだ。

 注文用ソフトウェアをタブレットにインストールしているとか。


「うーん、どれにしようかな……」


 ジョゼフさんの店は、醤油ベースラーメンがメインだ。

 ただ、塩分控えめ、油控えめ、糖質控えめのヘルシーラーメンがあるのも特徴だ。

 女性や健康に気を遣う層に配慮したメニューとして開発したらしい。


「じゃ、僕は特製醤油ラーメンで」

「私も」


 僕たちは普通の醤油ラーメン。


「私はヘルシーラーメンにしようかな」


 舞はヘルシーラーメン。


「舞、ダイエットでもしてるの?」

「ううん。ヘルシーラーメンの方、食べたことなかったの思い出したの」

「納得。僕も食べたことなかったよ」


 タブレットを操作して、特製醤油ラーメン2つとヘルシー醤油ラーメン1つを頼む。

 厨房には、別のタブレットが備え付けてある。

 注文があったら、ジョゼフさんたちがすぐにわかる。実に現代的だ。


 セルフサービスの水を注いで、テーブル席に座る僕たち。

 店内は、4人がけのテーブル席が2つにカウンター席が8席のレイアウト。


 すっかり見慣れた風景だけど、客として来るのは数ヶ月ぶりだ。

 まだ開店間もないけど、カウンター席は埋まっている。

 ヘルシーラーメン目当てと思しきお客さんもちらほら見える。


「昔はよく通ってたなあ。タブレットも昔はなかったっけ」

「パパ、新しもの好きだから。売上管理も自前でやってるし」


 そう。実は、売上管理のソフトウェアはジョゼフさんが自作したものだ。

 タブレットにインストールされたアプリと連携してるのだとか。

 アプリから送られたデータを自作のソフトウェアが受け取っているとのこと。


「プログラミングできるラーメン屋の店主さんって、凄いね……」


 感嘆のため息を漏らす舞に、


「パパはほんと凄いのよ。真似できる気がしないわ」


 自慢気というより、どこか憧れを滲ませた表情で語るセシリー。

 前にちょっと将来の事を聞いたけど、セシリーは何を目指しているのだろうか。


 そんな事を考えている内に、出来たてのラーメンが運ばれてくる。


 透き通った赤みがかったスープに、黄色い麺。

 トッピングは、煮玉子にネギ、メンマ、チャーシュー。

 そんな、見た目的には普通のラーメンだ。

 スープと麺で勝負というのがジョゼフさんのポリシーだ。


 一方の、ヘルシー醤油ラーメンだけど。

 黄金色のスープに、白い麺の他は普通のと具は同じ。

 スープの黄金色はなんだろう。


「このスープ黄色いけど、なにかな?」


 スープを見て、同じ疑問を持ったのだろう。

 舞が顔に?マークを浮かべている。


「パパは秘密って言ってたけど、鶏ガラじゃないかしら」

「言われてみれば、そんな気がするね」


 とにかく、麺が伸びない内に食べよう。

 スープをまずは一口飲んで、麺をすする。


「やっぱり親父さんのラーメンはいいね」


 馴染んだ味に率直な感想が出る。


「単純なのに、色々な旨味があるっていうか」

「うんうん。いつものね」


 それぞれ味の感想を言い合う。でも、


「いつものって、そんなに食べてるの?」


 以前はそこまでじゃなかったと思うけど。


「最近なんだけど、週に1回はパパに試食してって頼まれるの」

「それは、美味しくてもちょっと飽きそうだね」


 親父さんのラーメンは美味しいけど、週1だと飽きそうだ。


「そうでもないわよ?やっぱり、少しずつ味も違うし」


 何でもないかのように言うセシリー。

 毎週同じラーメンを食べて飽きないのは、凄い。


「あー、お腹に優しい感じがする」


 一方で、ヘルシーラーメンを食べていた舞の感想。


「ほとんど油が浮いてないね」


 油控えめとあるけど、確かに油っぽい感じがほとんどしない。


「パパがお味噌汁をヒントにしたって言ってたわよ」

「言われてみると、なんだかそんな気がしてきたよ」


 言いながらも、ズルズルと麺をすすってスープを飲んでいく舞。

 僕たちも、ラーメンを食べるのを再開する。

 

「はー。美味しかった」


 食べ終えて一息つく。


「ヘルシーラーメン、美味しかったよ」

「後でパパに伝えておくわ」


 ラーメン屋の娘らしいセシリーのコメント。

 会計は色々なキャッシュレスサービス対応で、現代的だ。


「それじゃ、また明日ー」


 手を振って去っていく舞を尻目に、僕は彼女の部屋にお邪魔する。

 そんな午後の一時だった。


(そういえば)


 夜、寝る時間が近くなった一時。

 次回のRamen Walkersが近づいてきていることを思い出した。

 来日するファンの人と会うわけだし、色々決めておかないと。


(明日にでも相談しよう)


 そんな事を考えながら、眠りに入ったのだった。

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