Stage.2-4 少年達、カモン!
青空が音楽コーナーへ行ってから、約30分後。
未来はズッシリと詰まったビニール袋に手に下げてニコニコしていた。
「いやぁ、来月の小遣い分まで使っちゃったよォ?」
「そりゃ良かった」
前から向かって、青空がショップのレジへ戻って来た。
「あれっ? 青くん……」
青空は行った時のまま、ショルダーバッグを斜めがけした姿で、手には何も持っていなかった。
「うん、無かった」
「えぇー、何でぇ。店の人に聞いた?」
青空は表情を変えず、こくりと頷いた。
確かに、探し物は何も得られなかったのだ。
青空は自分の記憶の限りを店員に伝え、こういったものはないかと聞いたのだが、店のエプロンを着けた若い男性店員はあっさりと答えた。
「あー……たぶん、そういった昔のディスクは、神田の本店だね」
「神田……?」
店員はカウンターに入り、タブレットを操作した。
「2000年より前の音楽は、ここじゃ置いてないんだよ。在庫検索で見つかればあるかも。……えーと、名前何だったっけ?」
ビル建て替え後、店舗リニューアルしたディスクユニバース中野店では、音楽ディスクの取り扱いジャンルはモール全体の客層に合わせてアニソン・アイドル・声優ものがほぼ全てを占めていたのだった。
その他の音楽ディスク、特に昔の物については今や50代・60代以降のリスナーが殆どらしく、神田本店でしか置いていないという。東京の中心部、千代田区神田には昭和の時代から中古ディスクショップが幾つも集まっていたが、それも時代の流れで次第に減っていた。
「……でも、無かったんだ」
「マジか」
未来は青空の話を聞いて、悔しそうに答えた。探してる本人よりもがっかりした表情だ。
「そうだよ。僕が覚えてるキーワードを、検索してもらったんだから」
――動画のタイトルに出ていた【RED and BLUE】
そして、記憶に残ってる歌詞。
『ロックンロール、ウィズミー!』
メロディは青空の心に残り、見た映像の断片が脳裏に焼き付いている。
間違いはないと、青空は確信していた。
眼鏡の奥、小さな瞳には諦めないという揺るぎない光があった。
* * *
二人はディスクショップから移動して、混み合うフードコートをしばらく歩いて回りどうにか席を取った。
未来はラーメンをすすりながら、カウンターの隣で青空に話す。
「じゃぁ、青くんが聞いたその本店ってとこにまた今度探しに行こう」
「そうだね、知ってる人がいるかもしれない」
午後になり、未来は買った映像ディスクを見たいので早めに帰ろうと、モールの出口へと向かっていた。
その途中、ゲームセンターの横を通っていると、未来は何かに気付き声を上げた。
「あっ、あれ『ビーメロ』じゃん? 懐かしー!」
指を向けた先に、縦長のゲーム筐体がガラス越しに見えていた。
色鮮やかなディスプレイが点滅している。
青空も目を向けて、その場に立ち止まった。
「え、ほんとだぁ」
「アレ青くんもやったことある?」
「ある、ある」
「ちょっとやろうぜ~」
二人は、その筐体へ吸い込まれるようにゲームセンター内に入っていった。
この筐体”ビーメロ”とは、正式名『ビートオブメロディ』という、所謂”音ゲー”の一種である。
未来は自分のスマホを筐体のチェック枠にタッチして、2プレイ分支払った。
「やっぱ『愛・ハッピー』だよなー」
「昔、流行ったよね」
コントローラーデバイスを右手の指でスライドし、タップして曲名を選択すると、音楽がスタートした。
画面には丸っこくて可愛いモンスターのようなキャラクターが踊っている。
曲に合わせて流れてくるマークを、タイミング良くタップする。リズム感に加えて、パズル的な要素でスコアを伸ばすゲームだ。
「よっ、ほっ、とぉ」
メロディーとリズム、幾つか種類のあるマークが画面のあちこちから流れて飛ぶのを、両手の指を使ってタップしたり押したりスライドさせる。
「あい、あい、ハッピッピー♪」
未来は歌を口ずさみながら操作していると、それを横で見ている青空も揃って小さく歌う。
『ビーメロ』は、28年程前に最初のバージョンが稼働した。収録曲は当時のヒット曲を中心で子供から大人まで幅広い年齢層に好まれ、多くのバージョンがリリースされた。
しかし、5年前のバージョンを最後に新規開発を終了したのだった。
「ふーっ、クリアしたぁ! ひっさし振りにやったけど、まあまぁ行けたぜ。指が覚えてるもんだなぁ~。あと1回分あるから、青くんやんなよ」
「じゃぁ……」
青空は未来に代わってコントローラーに立ち、プレイ画面を選択しだした。
「『桜千本舞』かぁ、昔の~……えっ、それって”ハードマックス”じゃ、マジ?」
未来が驚いたのは、青空が選択した曲と難易度が最高レベルだったからだ。
青空はそれに返事もせず、平然とした顔で画面に向かう。器用な指さばきで、上下左右から飛んで来るマークをタップ・スライドする。
すると光とともに[Great!]の文字が点滅し、キャラクターは喜んで飛び跳ねた。
「すっ、すげぇーーッ! 青くんすごいよ!」
未来は目を真ん丸にさせて驚嘆する。
見てるだけで自然と体が動く未来に対して、青空はじっと黙ったままで両手だけを動かしている。
複雑に流れる音のマークを器用に飛ばして繋げれば、スコアは凄い速さで上がる。
そして、曲はフィニッシュまで行き難なくクリアした。青空は額に汗もかかず冷静だが、満足げな表情だ。
「ホイっ」
「わぁ、青くん『ビーメロ』トップスコアじゃん?」
だが青空は、自慢するでもなく薄っすらと微笑む。
「いや、そぅでもないよ。もっと上はいっぱい居たから」
「マジかよぉ? 俺には無理ぃ~。青くんなんでそんなに出来るの?」
「あー、アプリでも、よくやってたんだよね……」
――パチン。
「ん?」
二人の背後に耳慣れない音がして、言葉が止まる。
「ナーーイス!!!」
大きな声に振り返るとそこには、人差し指を向けている男が立っていた。
「はぁっ?」
「やるねぇ~君!」
そう言って男が右手首を回すとパチン、と指が鳴った。
人差し指を向けて、青空達の顔をじっと見ている。
「何、この人」
「見るからに怪しい……」
二人は向かい合いコソっと呟く。
怯えるのは無理もない。目の前に立つ男の姿は、緩くウェーブがかった長髪な上に真ん中から右側が青色、左側がピンク色だ。更にやたらと襟の目立つ開襟シャツに、裾が広がってるストライプのズボン。
どう見ても、まともな大人じゃない。
「プレイ見てたよー! 少年、スジがイイね?!」
男は大きな口を開け、目を見開いた。
その迫力に、青空は小さな目を更に細める。
「圧つよ……」
「なっ、なんだ突然、おまえ誰だよぉ」
未来が青空の前に出て、警戒モードで言い放つ。
すると男はニッと笑って、胸のネームプレートを指差した。
「誰って、ここのスタッフ」
【エディ】
それだけが手書きの太文字で書いてある。
未来は、ゲーセンのスタッフという謎の男――『エディ』の顔をまじまじと見つめて聞いた。
「外人?」
「いや、日本生まれの日本人さぁ。気軽に『エディ』って呼んでくれ!」
「やっぱ怪しい」
青空は指を下唇に当てて呟いた。
「――そんな事はどぅでもいいんだ。そこの少年達、新しいデバイスのモニターになってくれないか?」
「はぁー?」
急な話に、二人は意味が分からず首を傾げた。
「新しいゲームか?」
「そぅだな、”ゲィム”とも”アート”とも言えるが?? それよりもエキサイティングな”体験”だ!」
未来の問いに、エディは腕を振り上げ、大げさに手振りをしながら答えた。
「さぁ少年達、カモン! こっちだ」
「あっ、おい」
振り返って歩き出したエディの背中に、二人はついて行く。
青空は、未来の横顔を見て不安を口から零した。
「怪しくない?」
「でもなんか、面白そうじゃん。途中でヤバげだったら逃げりゃいいし」
そう返した未来の目から既に警戒心は消え、まだ見ぬ物への好奇心が現れていた。
「そーだね」
青空は頷く。未来と一緒だったら大丈夫だと感じて、緊張は少しだけ和らいだ。
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