Stage.2-3 中野ネクスト・サンプラザシティ
「へぇ~、そうなんだ? うん、中野行き乗るの初めて」
バスの2人掛けシートに座った青空は、窓の外を見ながら答えた。
シートの通路側に座る未来は、ウキウキ顔でリュックを抱え、スマホで乗り換えアプリを見ている。
4月の最終週、大型連休がスタートした。
未来と青空は二人で、午前中から地元を出発していた。
『若葉小学校前』から練馬駅行きのバスに乗り、練馬から更にバスを乗り継ぐ。
【関東バス 中野駅行き】
二人が向かっている目的地は、彼らが住む板橋練馬市の南に隣接する『中野区』の中心になる。
中野駅前のバスターミナルで降りると、真新しい歩道橋へ直結していた。
それは駅からの高架デッキになっており、左右に建つ大きなビルへとそれぞれ別れて繋がっている。
【中野ネクスト・サンプラザシティ】
JRと東京メトロの2路線が乗り入れている『中野駅』北口に広がる地区の総合名称である。
2021年より開始された中野駅前の大規模再開発計画により、2035年2月にグランドオープンした。
鉄道高架下を真っ直ぐ貫く大通りを挟んで、駅から向かって左側には地上68階の高層ビル『サンプラザタワー』が建っている。
タワーとその周囲には、大型コンサートホールとイベントホール、スポーツ施設、ホテル、病院、オフィスフロア等が揃う。
更に隣には、区役所ビルに2つの大学が持つ大型キャンパスがあり、緑が豊かな公園・屋外スポーツ広場などが広がるセントラルパークゾーンとなっている。
そして道路を挟んだ右側に建っているのが、大規模ショッピングモール『ネクストブロードウェイ』である。
ここが二人の目的地だ。
このショッピングモールは、1970年代からある駅前のアーケード商店街と、その奥に建っていた住居複合商業ビルが、老朽化に伴い建て替えられた大型施設である。
18階建てのうち8階までは各種ショップ、映画館と劇場、飲食店が入っており、地下は駐車場、そして9階から上は高級マンションが入っている。
特にサブカルチャー系ショップが充実していることで全国的、世界からも注目されている。今や『アキバ』よりも『ナカノ』がサブカル発信地なのだ。
アニメ・漫画・ゲーム、アイドルグッズ類から、フィギュア・ドール・鉄道模型などのホビー、アンティークコインや骨董品まで、あらゆるコレクションが揃う。
完全にリニューアルオープンしてから3ヶ月。初の大型連休ということで、開店から大勢の人が訪れていた。
青空と未来は、2階正面ゲートからモールへ入った。
ピカピカのフロアが真っ直ぐ伸びて、左右にショップが並んでいる。
歩く人の密度が高い上にみんな歩みが遅いので進みづらく、先がよく見通せない。
特に背の低い青空は人に埋もれているが、人々の合間から初めて見るショップに喜んでいた。アニメやゲームのキャラクターが並んでいるディスプレイを一つ一つ見ながら声をあげ、隣を歩く未来に笑顔で話しかけた。
「なんか凄いねぇ……! こんな大きいところ初めてだよ」
「俺はここがまだ建て替える前の時に、一回だけ父さんに連れてっもらったんだけどさ、スゲー変わったな!」
中学1年生の二人にとって、友達同士だけで繁華街に出るのは生まれて初めてだった。
休みや放課後に子供同士で行く買い物は、地元で一番大きいスーパーの『ワオン練馬ショッピングセンター』くらいだ。
二人はテンションが上がり、興奮しながらモールの奥へと進む。
未来は手に持ったスマホで、館内のナビアプリを見た。
「これでっと……まずはー、『ディスクユニバース』5階だ、行こうぜ」
「うん、未来が言ってた中古ショップだよね」
エレベーターで5階に上がると、1階に比べて人の量はだいぶ少なくなっていた。
「そう、配信では見らんない映画ディスク、お宝発掘よォ~」
そう言いながら未来はニコニコする。
『ディスクユニバース』とは、音楽・映画・演劇などのパッケージディスクを扱う老舗の総合ショップだ。
特に中古ディスクの取扱量は、同業界ショップの中でナンバーワンである。
ディスクよりもネット配信が主流となっている2035年でも、流通量が10年前より半分近く減ったとはいえコレクションとしてのパッケージは健在だ。
また、配信の時代よりも前に作られた特にマイナーな作品等は、配信に乗る事なく市場から姿を消している。
こうした作品は、中古取扱ショップかネットオークションでしか入手出来ないのである。
未来はリュックからノートを取り出した。予めリストにしてきた作品のディスクを求めに来たのだ。
「俺はここで探してるからさ、青くんは音楽のほう見てきなよ」
「うん、じゃあむこう行ってる」
そして、彼らにはもう一つの目的があった。
青空が気になっている音楽、謎のバンド。ネット検索でヒットしない、青空がたった一度見ただけの幻の動画。その記憶しか手掛かりが無い。
中古ディスクショップならば、それが見つかるのではないか。そう思い付いた未来が、青空を誘ったのであった。
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