Stage.1-3 青空と未来


小学生最後の春休みが終わり、4月。

青空は中学校へ入学した。


【板橋練馬市立若葉中学校】

板橋練馬市は、東京都の北側に位置する「練馬区」と、隣接する「板橋区」が合併し、2030年より発足した新設市である。

埼玉県との境には荒川が流れ、また区の中央部にある「都立赤塚公園」は、広い運動施設と丘陵地が自然林に覆われた、四季を感じる憩いの場だ。

ここで生まれた子供達は、都内でありながら自然溢れる土地で伸び伸びと育っている。


年々と子供の数は減少しており、この年から市内で2つの中学校が合併した。その為、市内の幾つかの小学校から1つの中学校に生徒が入学する事になる。

私立中学に進む子供もいるので、公立中学にはやっと1学年が2クラスになる位だ。


中学校の入学式を終えて翌日。

学校生活は、先生とクラスメイトとの親睦を深める為のオリエンテーションから始まる。


校内の施設を巡ってからホールに集合し、学年主任から年間スケジュールの説明がされる。それから生徒会の進行で各クラブ活動の紹介へと進む。


サッカーや野球を始めとする運動部は、練習の内容と試合実績などをアピールし、ダンス部は演技、吹奏楽部は演奏を披露する。その後も書道部、写真部と作品の発表が続いた。


『クラブかぁ……どうすっかなー』


パイプ椅子に座っている青空は、クラブ一覧表のプリントを眺めながらぼんやりと考えていた。

ふぁ〜と軽いあくびをして、退屈そうに左の指先で頭のくせっ毛を弄る。


『運動部は無理だし、文化部でも集団行動は苦手だな。一人でじっとやれるのは……んー、書道、もグループ競技やるんじゃないか。じゃあ写真、将棋、美術、この辺りかぁー』


チャイムが鳴り、ホールでの説明が一通り終わると生徒達は席を立って教室へと向かう。歩きながら思い思いに喋ってザワつき出した。

青空も椅子から立ち上がったところ、斜め後ろから掛けられた声に振り向いた。


「君さぁ、どこ小から来たん?」

「……えっ」

「あ、見たこと無い顔だから」


そう答えてニッと笑う少年に、青空は怪訝そうに目を向けた。

同学年男子で背の低いほうの青空に比べ、その少年は身長が10センチ近く高いので目線が上になる。


「はぁ……西若葉だけど」

「俺は若葉。ヨロぅ、内野くん」


青空は目線を下げ、自分のブレザーに付いている苗字だけの名札を見た。

それからズレた眼鏡をかけ直し、相手の名札を確認して読んだ。


「う、うん……高橋、くん」


「未来」

「ん?」

「俺の名前、”未来”っつーの」


青空の前に立ち、親しげに名乗った同級生。

その正体こそ、彼がこれまで何度も見てきた動画クリエーター『フューチャーマン』なのである。

本名、高橋未来。


しかし、青空にはまだ少しも気付かない。


「あ、そう……未来くん」


ずいぶん馴れ馴れしい奴だな……と引き気味になり、少し距離を開けて歩き出した。

だが長身の同級生は、ひるむ事なく後ろから話し掛けながら付いてくる。


「”未来”でいーって。そうだ、西若葉だったら家は四丁目のほうだろ?」

「……そうだよ」


青空は、歩きながらボソッと返す。

ホールを出て、教室へ向かう廊下を歩いて行く。


「あの先週さ、四丁目で火事、あったよな? 見た?」

「見た」

「凄かったよな〜! 煙がモクモク、火がボーボー燃えて! 俺見に行ったんだよぉ、あの家丸焦げだったな」


未来は両手を上げて、興奮気味に喋り続ける。


「あーそう」


それに対して青空は、淡々と短く返す。


「ドカーンと爆発してたし、中の人は燃えて頭チリチリだったろうなーアッハハ」

「……」


すると青空は、急に歩みを止めた。


「——ん?」


未来はキョトンとして、その後ろに立ち止まる。

二人は、他の生徒に後ろから次々と追い越されてゆく。


首を横に向け、青空が呟いた。


「あれは、僕の家だよ」


「えっ、ぇえーーー?!」

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