Stage.1-2 フューチャーマンの正体

時を同じくして、テーブルの上に置いたスマホを眺めながら一人で食事をする少年の姿。


「ふぅーん……再生数、まだこんなもんかぁー。もっと行くと思ったんだけどな」


ボソリと呟いて、焼きそばを一口食べた。

実はこの少年こそが、動画の”フューチャーマン”マスクを取った素顔だ。

お笑い動画アプリのキッズ部門で年間上位ランク入りを果たしている。小学六年生にしては身長が高いほうだが、表情には子供らしさが残っている。


『母さんは今日も兄貴のレッスン付き添いだし……父さんなんか、撮影だの取材だの、いつ帰って来るかわかんねー』


少年はマンションの一室、居間で1人きりだ。

動画を閉じてスマホからの音が消えると、外から聞こえる音に気が付いた。


「……ん、なんだ? 救急車か?」


サイレンの音。段々とボリュームが上がってくる。近くまで来ているようだ。

ウーウーというサイレン音に加えて、カンカンと鐘の音が連続で鳴っている。

少年は椅子から立ち上がり、リビングの窓を開けてベランダに出た。

マンションの7階からは、一軒家が立ち並ぶ住宅街の屋根が見える。狭い道路を消防車と救急車が続けて走り抜けて行った。


日が沈んだばかりの夕暮れ時。オレンジ色と濃紺のグラデーションに染まる空の下、先の方に黒煙が上がっているのを発見した。


「火事か! あっちは四丁目の方かな」


ここから1キロくらい程の隣接した地区である。

少年は部屋へ戻り、すぐさまテーブルに置いたスマホを手に取りベランダへ戻った。


「四丁目のほう火事じゃね?」


スマホのメッセージアプリ画面に音声認識された文字が入力される。


 {うそー

 {まじか


友達グループのメンバー何人かがコメントを付ける。

すると少年は、すかさずその場の動画をズームしながら撮ってアップロードした。

後から救急車のサイレンも鳴っている。


「ちょっと見に行ってみようぜー」


 {ほんとだ

 {俺も行く


 * * *


自宅マンションを出た少年は、煙が上がっている方向を目指して小走りで向かった。

住宅がひしめく下町に夕闇が迫る。

信号を渡って路地を曲がり、先に進んだところで、ざわつく人垣が見えた。


ハシゴ車と救急車が停車しており、その奥で二階建ての一軒家が火事に見舞われていた。

窓からは黒と白の煙が混ざり合いモクモクと上がり続け、家の中からオレンジ色の炎が見える。


「うおっ……」


家を見上げた少年は、生まれて初めて目撃する火事の現場に、言葉も発せず唸り声をあげた。煙たさに眉間に皺を寄せ鼻を手で覆う。

春の強風に煽られ、煙の勢いは増している。眉にかかる前髪がなびき、生暖かい風が頬を撫でた。


消防車から伸びる梯子に乗った消防士は、必死に放水をし続ける。だが一向に煙は収まる気配がしない。炎が激しく上がって横風に煽られる。

そうこうするうちに、ガラガラと建物の中が崩れる大きな音がした。


「あの家は古い木造なんだ、火の回りが早いだろう」


見物人の年配男性が声を発した。隣で男性の妻が不安な表情で話す。


「家の人は助かったのかしら……」

「分からん」


「おいスゲーな」「やべぇ、オレ火事初めて見たし」


若い男性らは、興奮気味で口々に呟いている。

火事を見に集まった野次馬は、その誰もが物珍しそうにスマホを掲げて、写真や動画を撮っていた。

少年も右手に握ったスマホを上へ向け、録画ボタンを押す。


「危険です! 下がって、道を開けてください!」


その時、1人の消防士が見物人らの前に向かい両腕を広げて注意をした。

サイレンを鳴らしながら、もう一台の消防車が到着し、消防士がホースを取り回して道を走る。

隣の家との間隔が狭く、このままでは強風で火が飛んで燃え移る可能性が高い。


バン!

突然大きな破裂音がして、少年は反射的にビクッと震えた。


「あっ!」


直後、ハッとしてスマホを持つ手を下ろした。


『これじゃ、父さんとやってる事同じじゃねーか……。俺は違う、あんな暗いドキュメント映像なんか撮らない』


——大きな建物のセットをドカーンと爆発させて、もっと凄い炎がメラメラと燃えて、その中をヒーローが跳ぶ……そんな映像を、俺はいつか撮るんだ。


燃える家屋の中で何かが爆発したようだが、迅速な消火活動により程なく鎮火された。

煙は少なくなり、同時に見物人の数も減って行った。

隣接する家までは延焼せずに留められたようだ。

消防車は帰って行き、パトカーが後から到着した。残った消防士が瓦礫の処理をしている。


すっかり日は暮れて暗くなり、道沿いに小さな街灯が点灯する。焼け崩れた家屋の正面を弱い光で照らした。


少年は道端にじっと立ち尽くし、様子を眺めていた。アスファルトは消火した水で浸り、ヒタヒタと靴底を濡らす。


少年がここへ来る時にメッセージで呼んだ友達の姿は、誰一人と見なかった。

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