Stage.1-4 ロックバンドの幻


——これが、僕と未来の出会いだ。


小学生最後の金曜日に、僕の家は火事でほぼ全焼した。

体はこの通り、たいした怪我もしなかったんだけど……。

あの時、僕はなんとも不思議な体験をしたんだ。


その日も母さんと二人で家に居た僕は、夕食を終えてからすぐ二階に上がった。

自分の部屋に入った途端、持ってたタブレットから突然音が鳴り出したので、ちょっと驚いた。


画面を見たら映像が荒れていてハッキリしてないけど、ステージで男の人が歌ってる。

それは、初めて聴く音楽だった。

アニソンでも、流行ってる曲でもない。


何を歌っているのか、英語なのか、日本語なのかもよく分からない。

歌は高い音の笛のような、鳥の鳴くような、犬の遠吠えのような、不思議な声だ。

隣でギターを演奏してる人もいる。

リズムゲーでキャラが演奏しているのは見たことあるけど……これは本当に弾いているのか?


キラキラした音と、跳ねて駆けだすようなリズムに、掛け声みたいなコーラス。

何だかワクワクしてきて、体が勝手に揺れ出す。

何を言ってるかよく分からないけど、すぐに真似して口ずさみたくなる。

僕はもう一度見ようと、リピートボタンをタップした。


その時、微かに焦げ臭い匂いに気付いて窓を開けた。

すると焦げた匂いがブワッと外から入ってきた。

外を見ると、庭の納屋からモウモウと煙が上がって、炎が出ているじゃないか。


—–火事だ!

僕はそう思うやいなや、窓から顔を出して声の限り叫んだ。


「か、かかかっ、かじ、んか、火事ーーぃ!」


外の人に伝えたかったけど、大声を出してるつもりでも、喉から出てこない。


焦って一階に降りたら、母さんが居間で呑気にテレビを見ていたので「庭、火事になってるって!」と後ろから叫んだ。


「ウソっ、ホントにー?」


勝手口を開けて庭を覗くと、納屋は完全に燃えていて、炎は風に煽られ家へ迫っていた。


「ちょっとやだ、救急、じゃなくて消防、呼ばなくちゃっ」


母さんは慌てて電話して、それから家の貴重品などをまとめ出した。


「あっ、僕も取ってくる」


僕は、自分の部屋にタブレットを置いたままなのを思い出した。



「青空ーーー! 早くーー!」


二階に上がると、下から母さんの声が聞こえる。

タブレットを取って戻ろうと階段を降りると、もう煙が家の中にまで入ってしまっていた。

煙くて、息が上手くできない。

背中を屈めて進むけど、辺りが白くて全然ハッキリと見えなくなっている。


「ッ、た!」


突然、何かに足が躓いて転んでしまった。


「青空ー! ハルちゃんがぁ!」


母さんの声が聞こえるけど、姿が見えない。

うちで飼ってるロシアンブルーのおばあちゃん猫、ハルが走ってきてぶつかった物が崩れたみたいだ。


僕は膝をついたまま、床を這って見回す。

ズレたメガネを掛け直したけど、モヤモヤして見えづらさは変わらない。


煙がだんだん増えて来て息苦しい。頭が痛くなってきた。声を出そうとしても、咳き込んでしまう。

すると、鈴の音が聴こえる方向にハルの尻尾を見つけた。


「いた……あっ!」


ハルを抱えたその途端に、持ってたタブレットが滑り落ちてしまった。


画面がヒビ割れて、壊れちゃったか分からない。でも、持って逃げなきゃ。

僕はハルを抱えながらタブレットを拾って、背を屈めて玄関を探す。

呼吸ができなくて、苦しくて、

視界が真っ白で出口が見えない。

頭がクラクラとしてきた。


——嫌だ、まだ死にたくない。

さっき、聴いたあの曲を、もう一度、僕は聴くんだ。

だから——


するとその時、僕の前に煙を割くような光線が現れた。


「——え……?」


光の真ん中に、さっき画面で見たはずの人影が大きく映っていた。

逆光でシルエットになって顔は見えい。


楽器を持ってる……?

音が聞こえてきた。

こっちに向かってくるように、音のボリュームがだんだんと大きくなって。


——これは……さっき聴いた、あの曲だ!


僕は膝立ちのまま、そこで何が起きているのか、頭が回らず訳が分からなくなってた。

ただ、目の前に見えるもの、音を感じるだけだった。


歌声、いろんなメロディと、駆けるようなリズムが、さっきよりもっと迫って聴こえるようだ。

僕の身体全体が、震えるみたいになる。


そして、光の筋が何本も斜め上から降りて来て、中心を照らした。


4人、いや5人が演奏している。歌う人がギターを弾いてて、その両隣にもギターの人がいて、その後ろにキーボードを弾いてる人、ドラムを叩く人がいる。


これは、”バンド”っていうのか?

アニメやCGのゲームキャラで見たことがあるけど、これは大人の人間だ。


日本人みたいだけど、服装が今の人じゃない。派手な色柄のシャツとか、裾の長いジャケット。髪は短くてツンツン立ってる。

昔の……母さんが若い頃くらいなのかな? 30年くらい前の映画みたいだ。


なんて歌ってるか、最初聴いた時には分かんなかったけど、2度目には何となく聞きとれてきた。


  カモン! ウィズミー!

  メッセージ フォーユー!

  ロックンロール ウィズミー!

  ふわり踊り ウォウォウォゥ……


もっと、そこへ近付きたい。

僕は足を突き、立ち上がった。


その途端、ハルが僕の腕から飛び降り前を駆け出した。


「あっ、待てっ……!」


手を伸ばして後を追う。


すると突然、自分の周りが右回転にぐるりと回りだした。


「えぇ、なっ」


止まった僕の視界は、バンドが立っている斜め後ろに変わっていた。

そこはステージで、その下には多くの観客が立って手を挙げていた。


バン、とドラムの音がより大きく鳴る。

歌が終わると共に、歓声と拍手が沸き起こった。


——なんだ、これ。すげぇ……!


僕は、その場の熱気に圧倒された。

そしてステージにあたる光が強くなり、辺りが白く飛んでゆく。

眩しくなって、目を覆った——




次に目を開けたら、僕はベッドの上に寝ていた。

起き上がり、周りを見回す。

ベッドサイドに眼鏡を見つけて、掛けてみる。

そこは病室のようだった。


僕が見たあのバンドは何だったのか、夢か、幻なのだろうか……?


程なく母さんがやって来て、僕を見て安心したようで良かったと言って泣いた。


話を聴くと、僕は玄関の所で倒れたところを救急隊員に運ばれたという。

ハルも無事に助けられた。


怪我は手足に軽い内出血と擦り傷くらいだったが、二酸化炭素中毒寸前になって意識を失った。

呼吸器を付けられ、一晩でやっと落ち着いたらしい。


火事の原因は警察によると、放火の疑いは低くて、古い納屋に置いていた暖房器具に埃が溜まって何らかのキッカケで火が着いたからと推測したそうだ。

春の乾燥した空気と強風で一気に燃えあがり、古い木造家屋に飛んで瞬く間に火が回ってしまったのだ。


そんな訳で、帰る家が無くなった僕は、母さんと二人で仮住まいのアパートに移って住んでいる。

外国に行ってる父さんは、まだ知らないようだけど。


入学式に準備していた制服や通学カバン、何もかもが燃えて無くなってしまったんだ。

取りあえず、母さんが近所の家の卒業生に譲って貰って、何とかしたって訳。


家は建て直すことになり、僕が生まれた時から過ごした家は跡形も無くなってしまった。


僕が小さい頃から集めてた漫画本、城とか戦艦の図鑑、ウィザード&ドラゴンカード、知恵パズル、古いゲーム機も……全て燃えて無くなったんだ。


大事な物を全て失って、とても惜しかった。

だけど、すぐに諦めがついた。

——僕の子供時代は終わったんだと。


代わりに、僕には新たな希望を見つけた。

それがきっと、これから僕の道しるべになる。そんな気がした。


タブレットは割れて壊れてしまってた。だけど、中のSIMカードは無事だったから新しく買って貰ったタブレットに挿せば、すぐにネットに繋がる。


動画アプリの履歴は無いけど、検索すればいい。あの動画に付いてたタイトルはたしか……


『RED and BLUE』


——だったか、これがバンドの名前なのか、曲の名前なのか分からないが、何らか分かる筈だ。

そう思って検索してみた。


だが……見つからない。

結果にヒットするのは、関係なさそうな商品名ばかりだ。

バンド、曲名などキーワードを併せてみても、それらしき情報さえ何も手かがりがない。


そんな馬鹿な……!

本当に、あのバンド映像は存在するのだろうか?

僕が見たのは、夢だったのか?


いや、確かに聴いたんだ。

もう一度この目で見て、曲を聴きたい。

存在を知りたいと思う。

記憶に残っている曲の一部分が、繰り返し頭に流れている——


——ロックンロール、ウィズミー!





青空は、密かに決意していた。

いつか必ず、幻のバンドを見つけると。


中学に入り未来と出会った事で、その運命は転がり出した……。

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