第十話 私のお兄ちゃんがイケメンだった
時は飛んで初夏の日差しが暑い頃。
僕達の通う高校は例年の如く体育祭の季節がやってきた。
僕は出たくもないリレーに借り物競走に
出なくてはならない。
「はーくん、憂鬱そうな顔してどうしたの?」
「いや…めんどくさいなって」
「私は楽しみだよ!」
「インドアのくせに…」
「行事ごとは好きなのー!」
「いるよな…行事だけ騒ぐ奴」
「むっ…私クラスで友達いるし」
「僕だって1人いる」
「……虚しいからやめるか」
「うん…そうだね」
僕らが少ない友達マウントを取り合っているとアナウンスが流れる。
ついに種目が始まるようだ。
「おい!来海!」
「…すいませんどちら様ですか?」
「去年お前にボロボロにされた!
陸上部の林だ!」
「今年こそはお前に勝つ…逃げるなよ!」
「悪いが僕は家から出てない。
そんな僕に勝って嬉しいか?」
「地区でも県でも1位の俺が
お前に負けるなんて尺だからだ!」
「しかも……!今年は彼女連れだとぉ!?」
「舐めてやがる…」
「ほう…僕が飴を舐めていることがよく分かったな」
「違う!横の女の子だ!」
「妹です」
「は?」
「マイシスター」
「あ…そうなの…か?」
「かすみでーす!」
「一目惚れした…!」
林はワナワナと震え始め
次の瞬間かすの手を握る。
「俺がこいつに勝ったら付き合ってくれ!」
「は…!?えっ!」
「頼むからな!」
そう言って林はグラウンドへと戻っていく。
「は〜く〜ん…」
「はぁ…めんどくさいな」
「私が付き合ってもいいの!?」
「お兄ちゃん許さないぞ!」
無論!かすをあいつに渡すなんて嫌だ。
僕はポケットにしまっていた鉢巻を結び
グラウンドへと向かう。
「はぁ…僕はこんな競技嫌なんだが…」
「寝てるお前が悪い!」
「篠崎…覚えてろよ」
いちに着くとピストルの合図で僕は走り出す。
20mほど先にある封筒を開けてお題を確認するところから始まる。
「さて…僕のお題は…」
【貧乳】
くそ…!ここの生徒会変態しかいない!
僕はターゲットを見定めて走っていく。
「かすっ…!お前が必要だ」
強引にかすの腕を掴んで走り出す。
「早いって…!」
「はい。お題の書いたカードを見せてください」
僕はゴール地点にいた生徒会の人に渡す。
中身を確認してかすを見る。
「合格」
「よし…!」
僕は先頭でゴールをした。
「やった!はーくん何のお題だったの?」
「え…?えっと…1年生の女子だよ」
「そっか!簡単でよかったね」
言えない…貧乳の子なんて。
墓場まで持って行こう。
「って…!私も競技!」
かすみは葉月の手を振り払い、
召集場へ走り出す。
次の競技は女子の100mか…。
かすって足早いっけ…?
ピストルの音と共に一斉に走り出す。
5〜6人が一斉に飛び出してゴールに向かって走る中、
1人頭抜けて速いのがいた。
「かす…」
そのまま先頭でゴールしたかすは
僕に気づくとVサインをして笑顔を向ける。
僕はバレないようにスマホで写真を撮り、
ラインにそれを送りつけておいた。
あんな走りを見てやる気が出ない奴の方が
おかしいだろ。
葉月は目にかかる重い前髪をヘアピンで
ポンパドールにする。
「はーくん…!って!?髪型どうしたの」
「やる気出したんだ。変か…?」
「いやそんなことないよ…
むしろ似合ってる…かな」
「なら良かった」
2人はそこで別れ昼休憩に入る。
各自弁当を食べて再びグラウンドへ集合する。
「葉月ーって…!」
「マジモードじゃんかどうした?」
「僕は妹を守る」
「言うじゃんかよシスコンお兄ちゃん!」
ケラケラと笑いながら篠崎は葉月の背中を
バンバンと叩く。
「それより篠崎…等身大フィギュアはどうした」
「グレードアップしてね…?」
「利子だと思ってくれていいぞ」
「値段が倍じゃすまねぇよ!!」
「僕ら親友だろ」
「そんないい笑顔で言うな!
俺お前と会ってから1番の笑顔がそれとか
トラウマになるから!」
「ま…まぁ。フィギュアは買うから
目の前のリレーだ!」
「やってやろうぜ?」
「…そうだな」
2人は拳を当てて気合を入れる。
協議は順調に進み葉月、かすみ、篠崎の軍は
やや劣勢のまま軍選抜リレーを迎えた。
格クラスから男女2人ずつ選抜された生徒が
走る体育祭の目玉競技と言っても過言じゃ
ないだろう。
熱狂は最高潮に盛り上がり各軍から応援が飛び交う。
「逃げずに来たか!
俺が勝ったら…妹は俺のものだぜ!」
「お前から全てを奪い取って俺が
最速になってやるぜ!」
「はぁ…うるせぇよ駄犬が」
「弱い犬ほどよく吠えるとはよくできた言葉だな」
「口を動かしても実力は上がらないだろ」
2人はアンカーとしての正面からの
対決になる。
体育教師のピストルの音で
葉月たち東軍と林たち西軍がスタートする。
東軍の1走は篠崎か。
あいつはサッカー部のレギュラーとして活躍してる事あり流石だな。
葉月はまじまじとレースを見る。
「はーくん緊張してるの?」
「そんなわけないだろ、かすはいつ走るんだ?」
「はーくんの前だよ」
「そうか…頑張れ」
「うん!」
順位は変わる事なくかすみにバトンが渡る。
「こんだけ離れていれば…楽勝だね」
白熱した実況とともに駆け抜ける。
誰しもが勝ちを確信した次の瞬間…
「いったぁ…」
かすみ地面に這いつくばっていた。
「かす!」
かすみは焦って立とうとするが足が上手く動かない。
残り20m…いや…私のせいで負けるなんて…!
後続はどんどんと距離を詰め、
遂にはかすみを追い抜いた。
「へっ…勝負は勝負だからな!
悪く思うなよ」
バトンを受け取った林は瞬時に走り出す。
遅れてかすみが葉月にバトンを渡す。
その顔には涙が浮かんでいた。
「はーくん…ごめん…!」
「任せておけ…」
アンカーは400mあるグラウンドを一周しなければならない。
「妹ちゃん、大丈夫か?」
篠崎はかすみに駆け寄り怪我の心配をする。
「ごめんなさい…私のせいで……」
「俺が何で無理やりでもあいつを出したか分かるか?」
「去年…あいつは代走でこのリレーの舞台に立った」
「俺含めて全員が負けを確信しただろうよ……あいつが走るまではな」
「えっ…?」
「後は見たほうが早いと思う」
篠崎が指を差す方向に目を向けると
勝負は第二コーナーまで進んでいた。
「うそっ…!」
かすみは目を見開いて驚く。
私がバトンを渡した時…差は80m近く開いていたはずなのに…。
葉月は林と並んでいた。
顔を歪ませながらも歯を食いしばり、
必死に足を動かしている。
「くそっ…!来海ぃ!」
「俺はお前に勝たなければならないんだよ!」
林がスピードを上げるが葉月も必死に食らいつく。
残り50mに差し掛かり、
林が一歩分リードしている。
仕方ないよな…僕にしては良くやった。
相手は県チャンプなんだ…ここまでやればきっと…。
「はーくん!」
かすみの一言で葉月は我に帰る。
そうだ…負けられないんだよ!
僕が負けるならいくらでも負けてやる。
だけどな…今回ばかりはな…林、
「負けられねぇんだよ!」
葉月は自分の叫びと共に再び並ぶ。
「来海ぃ!」
「林ぃぃ!!」
「葉月ラストだ!がんばれ!」
「はーくん!勝って!」
各所からラストスパートの応援がかかる。
2人はほぼ同時にゴールテープへ飛び込みその場に倒れる。
「し…勝負は!?」
グラウンド全体が静まりかえり各々が優勝を祈る。
「審議の結果……」
体育教師が台の上に上がりマイクの前に立つ。
「東軍!」
刹那、東軍から歓声が上がる。
涙を流す者もいれば抱き合いながら喜びを共有する者もいる。
この勝利は優勝を決めつける勝利であり、
兄妹にとっても特別な勝利だった。
「葉月…!よくやってくれた!最高だぜお前って奴はよ!」
「はぁ…はぁ…少し休ませてくれよ…」
葉月はその場に座ったまま答える。
「かす……勝ったよ」
「はーくん!」
「ごめん…ごめん」
泣きながら謝るかすは俯いていた。
僕はフラフラの身体を起き上がらせ
かすの頭を撫でる。
「らしくないな…ほら勝ったんだから」
「でも…」
「この勝負どちらにしろ負けるつもりは無かったから」
「かすが取られるくらいなら
僕は死んだほうがマシだからね」
「かすの声がなかったら僕は…負けていたかもしれないし…」
葉月は笑顔を浮かべながらかすみを撫で続ける。
「おい…!来海!」
「林…」
「悔しいが今年もお前の勝ちだ」
「意外にいさぎが良いんだな…」
「口だけにはなりたくねぇからな…」
「来年こそは俺が勝つからな!
首を洗って待っておけ!」
「かすのこと…いいのか?」
「そうでも言わないとお前手抜くかも
しれないからな!」
負け惜しみを言うこともなく林はその場を
離れる。
「はーくん…私のこと大事なのは最初から
バレてたみたいだね!」
「うるさい…」
「あ…!照れてるの?照れてるの?」
ウリウリと膝で突っつくかすみに対して
葉月はそっぽを向く。
そして体育祭が幕を閉じた。
体育祭の勇者が人気にならないわけもなく
翌日から大変な事になるとは
葉月はこの時は全く予想していなかった。
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