わがままな彼女

鳥居 脩輔

第1話

「しかしまあ姉なんてろくなモンじゃないわ」


穏やかな昼下がり。カルボナーラをもそもそと食らいながらそんなことを我が自慢の愚姉ぐしのたもうたので、従順な弟の僕は、


「たしかに」


と、食べる手を止めて控えめながらも力強く同意した。自覚があるのは良いことである。

 間違いは誰にでもある。だからこそ間違いに気づいて正していくその姿勢が大事であるので今後の改善に期待したい。

 そんな思いをのせてじっと目で問うと、彼女は無言でテーブルにあったタバスコの蓋を外し、僕の食べていたシチリアーナに延々と振りかけつづけた。




「……本当にろくでもないな」


同意したのに一体何が不満だったのか。


「そういう意味じゃないわよ!」


 姉はフンと鼻を鳴らしてあごをしゃくって見せた。その先にはさっき僕が購入したばかりの漫画やらライトノベルやらが入ったレジ袋がある。


「妹、妹、妹って本当にあんたといい世の中といいバカばっかね」


「だって可愛いじゃん妹」


 元々トマトで真っ赤だったので見た目にはあまり変わらない激辛のシチリアーナを食べながら答える。可愛いは正義である。こんな悪戯されても可愛ければ無条件に許せる。


「妹なんてただ単にわがままで手がかかるだけでしょ」


なんでお姉ちゃんの魅力がわからないんだかと食べながらブツクサ文句を言っているあたり、姉と妹の世間での扱いの差に思うところがあるらしい。


「わがままで手がかかるのも可愛い部分の一つだよ」


そんなふうに僕が答えると、バカじゃないのと言ってにらまれた。どうやらいたくご立腹のようだ。


 こんな時は何を言っても怒らせるだけなので黙っているに限る。だてに生まれてこのかた下僕おとうとをやっているわけではない。そう思いながら少しづつ激辛パスタをやっつけていると、いつの間にか自分のカルボナーラを食べ終えた姉は、


「なんだかそっちも美味しそうね」


なんて言いながら、勝手に僕の皿に手を伸ばしてきた。


 食い意地の張った彼女は、いつも僕の注文したものを勝手に食べる。いつも勝手に食べられるので、いつも僕は大盛りで頼むことにしている。さすが気の利くげぼくである。我が事ながら泣けてくる。


 そうしていつも通り姉の邪魔をせず黙ってに任せていたら、欲張りな姉はニコニコと麺をいっぱいフォークに巻きつけてから、あんぐりと口を大きく開けてパクリと食べた――瞬間大きくむせた。彼女は僕と違ってそんなに辛いものに強くないのである。


「辛っ?!」


自分で勝手に自爆して目を白黒させながらも口を手で押さえ懸命に飲み込もうとする姉に、バカじゃないのと笑いながらコップに水を注いであげて差し出した。そうすると彼女はひったくるように奪って飲み干し、


「うるしゃい」


と、うまく回らない舌で弱々しく言ってから、涙目で僕をにらんだ。




 そんな姉を見て、


「わがままで手がかかるのも可愛い部分の一つだよ」


そう、今度は聞こえないくらいの声で、僕はもう一度つぶやいた。

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わがままな彼女 鳥居 脩輔 @torisuke57

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