3章11話 - 儚くも浅ましきイデア
まったき
すべての痛みと、悲しみと、苦しみの集積場。
そんな悪夢の
「ベアトリーチェ!」
おぞましい地獄のなかだろうと、彼女を見間違えるはずもない。シャロンは足をつくことも
銀の少女はぴくりとも動かない。おそるおそる
「ビーチェ……よかった……!」
「――本当に?」
歓喜にうちふるえるシャロンの
遅れて
「――夢のなかにいてほしかった」
「――誰にも傷付いてほしくなかった」
「――犠牲は僕だけであってほしかった」
あの幸せな夢のなかに。死も痛みも、悲しみも苦しみもない場所に。
「――本当に、これでよかったの?」
ああ、とシャロンはひとり
……彼はわかっていない。いや、わからないのだ。自分だけが不幸であれ。どうかみんなは幸せでいて。そう願うことが
「私からも問うわ、皆守紘。……あなたは本当にそれでいいの?」
「そうだぜ。それじゃお前だけが救われないだろ」
シャロンの言葉をナオが引き継ぐ。
「俺とは全然関係ない場所でも、お前が楽しくやってたら嬉しいよ。お前が幸せなら俺が言うことなんてなにもない。……でもな、俺の知らない場所で、たったひとりで泣くのはやめとこうぜ」
「ハッ、救われねェのはオレ様たちのほうだろォが。はっきり迷惑だって言いやがれ」
カインが尊大に吐き捨てる。立っているだけでもつらいはずだが、そんな
「奪うか、
「ちょっ……カイン!」
「
あまりに極端な言い分だ。下品で、
――けれど自分らしく生きたいという願いは、シャロンの胸に響く。
「……どうしてって言ったわよね」
だから
傷付けるだろう。苦しめるだろう。でも、これは傷付けるためだけの言葉じゃない。苦しませるためだけ、痛めつけるためだけに生まれた、悲しい言葉や想いなんかじゃない。
「ヒロ、あなたはわからないんじゃない。理解しようと思っていないだけ。だから、あなたは一生、私たちの気持ちがわからなくて当然なんだわ」
どうか自分だけが
彼が
こんな悲しい場所でいつまでも
こんな苦しい世界をいつまでも引きずっているから、あれほど
「乗り越えようとしてこなかったから、わからない。苦しいけど頑張ろうって思えることも。悲しいから
自分だけが犠牲であれと願うなら、いつか未来で
繋がるとは、影響をおよぼしあうとは、そういうことだ。
苦しみの
「ねえ、ヒロ。――私はあなたの理想になれない」
傷付き、傷付けてでも、ほしいものがある。
彼女の髪をなで、手を繋ぎ、抱きしめるてのひらで、これからも
「あなたの理想に……お姫様になれない。だけど私は〝可哀想〟なんかじゃないのよ……!」
どうか、あなたの
傷ひとつない、ただの女の子に。
綺麗なものだけ寄せ集めて
「――私は騎士よ!」
……戦うことは怖かった。傷付くこと、傷付けられることも怖かった。学校に行きたかった。友達をつくって、放課後、一緒に買い食いしてみたかった。好きな人とおそろいで買った安っぽい指輪をつけてみたり、長く伸ばした爪を飾りたててみたかった。
選ばなかった未来。つかめなかった可能性。そんなものは無数にある。
でもだからこそ、今のシャロン・アシュレイを好きになりたい。これが私なのだと
「――私は、王城が誇る〈矜持〉の騎士シャロン・アシュレイよ!」
過去をうけとめた。罪を背負った。そのうえで、シャロンは〝シャロン・アシュレイ〟として生きていくことを選んだ。
どんな人間だったのか、ではなく。
どんな人間なのか、でもなく。
これから先、どう生きていきたいのか。どういう人間でありたいのか。
そう自問してきたし、これからもしていくだろう。
せっかく立ち向かうのなら、
「私は名乗ったわ。あなたは? 私のまえにいるあなたは誰なの?」
「――……僕、……僕は、」
パンドラを抱きしめたまま、もう一方の手をのばす。
傷だらけの手だ。剣を
この手をつかめば世界は変わる。
誰もがそう確信した瞬間。
――運命が心変わりした。
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