3章5話 - 騎士アベル
熱風が、
七月うまれの
……否、もしかすると彼らは逃げているのかもしれない。この
「よう、ひさしぶり……ってのも変な話か。なあ、〝アベル〟」
今はもう
アベル・ファタール。歴代最高の騎士にして、
……そう、異形だ。あきらかな魔だ。彼の後頭部には機械がうまっていた。
「……」
無言のまま騎士アベルは右手を持ちあげる。
彼は死体をつかんでいた。死体と表現したのは、彼が首を握っていたからで。……その首はねじれ、
「…………」
なんの
「なあ、アベル。
アリアスという外見を
「相手を傷付けて、苦しめて、あげく命を奪おうがなんとも感じない。そういうのはさ、お前がなにより嫌だって思ってたことじゃなかったのかよ」
騎士アベルは答えない。そんなことは十五年前に経験済みだ。
それでも言葉を
「お前がすっげえ罪悪感に
アリアスの言葉が終わるのを待たずして、アベルは
すらりとした刀身は
「でもな、やっぱりやめたよ。いつかお前が、お前じゃなくなってたときに殺しまくってたことを知って、どうして助けたのとか、どうして殺してくれなかったのって言うかもしれねえけどさ。きっと傷付いて、悲しんで、泣きじゃくって、この先ずっと苦しみ続けることになるんだろうけどさ」
続きを言わせないためではなく、ただ偶然、その
首を
だがアリアスは真っ向から受けとめた。
「アベル! 俺はお前に憎まれても、お前を傷付けてでも! 絶対にとめてやるッ! とめてみせる!」
「だってお前さ、今、――泣いてるんだぜ!」
この地獄は当時の再現でしかない。そして十五年前のこの日は、十五年後の今日を迎えるためだけに存在した。負ける要素などあるものか。
「またお前を〝殺す〟って〝裏切り〟が俺の地獄ってか? あまいんだよ! お前を傷付ける覚悟なんて、それこそ
「何度だって殺してやるから安心して死ね、
即時シャロンを
アーサー王の伝説。騎士という過去。なにより
ふたりはもつれあうように塔から落下する。
このまま
「……そうだよね。あなたは何度でも私を殺せる。裏切れる」
「……ッ!?」
アベルが
「私を
そうでしょう、〈
呼吸と呼吸の
――第二ステージ突入ってわけか。
そう
「……はっ。どこかと思えば地下牢かよ」
「俺、
「よく似合っていますよ。まるでイエス・キリストのようで」
「いやいや、どう考えても俺の役まわりはユダじゃね?」
アリアスの皮が
「……ええ、そうでしたね。あなたにとってのキリストは私だった」
アベルは
まるで手加減のない手つきに、管にまじって血や肉片までもが火花のごとく舞いおどる。
「捕獲されたあなたを見つけて、当時の私は涙した。人間が下位とはいえ神魔を捕獲するに
「あなたは吸血鬼の生命そのものである血液の大半を奪われ、今にも息
親指の腹をみずからの血液に浸し、
「ぐッ、うぅッ」
「私の肉はまことの食べ物。私の血はまことの飲み物。私は食べられることであなたのものとなり、あなたは食べることで私のものになる。――さあ、どうぞ
生存本能が意志に
目の前にいる獲物を
実際、かつてそうした。骨を砕き、肉を
だがここは地獄。まったき悪意の
「――あなただけが私を救える」
あくまで
びくり、とナオの指先が
「あなただけが知っている。本当の意味で、私に安息など訪れないことを。死が存在するかぎり、世界は私にとって優しくないことを」
……そうだ。アベルの言うとおりだ。彼の義兄でも、矜持の騎士でもなく、性愛と戦争の女神すらさしおいて、半魔だけが彼の底なしの絶望を知っている。
飲食など当然不可能。走ることはおろか歩くことさえ恐ろしい。本当は呼吸すら罪悪を見いだしている。
もし誰もが憎まず、
「新しい世界を創造するだけでいい。あなたなら〈
……可能だろう。
下級神魔である吸血鬼の、さらに雑種。にもかかわらず騎士アベルを
彼を
「私たちだけの世界を。誰も傷付かない、誰からも傷付けられない世界を。本当に私のことを想うなら、あなたが、私のために世界を
牙が震える。身体が熱い。なにより心が叫んでいる。
けれど、もはや半吸血鬼には、それがどんな衝動なのかわからなかった。
欲しいのか。
「さあ、願って。あなたが私の唯一で、私があなたの絶対になるから」
――〈暴食〉の耳に、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます